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“北の更生施設”北海道日本ハム――どんなワケあり選手も受け入れ、一流に育成する球団としての魅力

ヒチョリの多田野イジりにみる、愛

 さて生え抜き選手に目を向けると、14年に慶応大からドラ6で入団した白村明弘投手が、なかなかのワケあり。才能はあるものの、とにかく練習嫌いと素行不良は有名で、大学時代には監督から自主休部を勧められ、10か月も謹慎したほど。チームメイトからも 白村が 投げる打たれる やっぱりな だってあいつは 練習しないし  という名句とともに総スカンを食らうという問題児っぷり。それゆえドラフトでも他球団からは手が挙がらず、指名したのは6位での日ハムのみ。名門・慶應では「下位指名ならお断り」という通例があると聞いていたが、白村はよほどの問題児だったのだろう。「それはそうなんですが、この白村を育てていただけるなら」とばかりに、あっさり入団。入団後は改心し、「ちゃんと練習していれば数球団の競合は必至」と言われていた実力が開花。150キロを超える剛球で、近い将来のセットアッパー、クローザーとして期待されている。  さて日ハムにおいて、ワケあり入団を語るうえで欠かせないのが、08年入団の多田野数人だ。立教大学時代に、アッチ業界のビデオに出演していたことが発覚(本人の名誉のために記しておくが、ビデオに出たことは認めるがアッチ業界の人ではないと本人が明言している)。これにより数球団による争奪戦が予想されていたが、どこも手を挙げず。単身アメリカに渡り、メジャーで活躍するまでに。そして08年に日本球界へ。閉鎖的な日本において、どれだけの好奇の目にさらされたかわからない。そんななか、チームメイトはどのように多田野に接していたのか。  こんなエピソードがある。09年のCSファイナル、対楽天初戦。緊張高まる試合前、マウンドにナインを集めたムードメーカー・森本稀哲がこう叫んだ。 「実は僕、結婚することになりました! お相手は……」  ポケットに仕込んでおいた写真を取り出すと、そこに映っていたのは多田野。チームメイトは大爆笑。チームはCSを勝ち抜き、リーグを制覇した。  陰でコソコソ言うのではなく、こうやってイジられていたということは、多田野はチームメイトに認められ、愛されていた証拠である。脱毛症がほぼ完治しているにも関わらず、「同じ病気に悩む人のために」と今でもスキンヘッドにしている森本稀哲。形は違えど、傷を持つ彼のやさしさに、多田野も救われたに違いない。  このようにどんなワケあり選手が入って来ても、それを受け入れる土壌がなければ成立しないもの。人間は、やっちまうもの。故・談志師匠のいう「業の肯定」のようなものが日ハムという球団には根底にあり、それこそがこの球団の最大の魅力なのである。 【村橋ゴロー】 1972年生まれ。ほとんどの家事とまあまあの育児をこなす、自宅防衛系ライター・コラムニスト。千原ジュニアや田村淳など芸人連載の構成を手掛ける。近著に『俺たち妊活部「パパになりたい!」男たち101人の本音』(主婦の友社刊)がある。Twitterは、@muragoro
―[村橋ゴロー]―
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