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“北の更生施設”北海道日本ハム――どんなワケあり選手も受け入れ、一流に育成する球団としての魅力

 最大11.5あったゲーム差をひっくり返し、2連勝で王者・福岡ソフトバンクを抜いて首位に浮上した北海道日本ハム。毎年優勝戦線に顔を出すその強さの原動力といえば、「スカウティングと育成」というフロント理念に他ならない。

“北の更生施設”、その由来は?


「獲れる選手ではなく、獲りたい選手にいく」「その年のナンバーワンにいく」という素晴らしい志。筆者は35年来の日ハムファンなのだが、そうせざるを得ない事情も知っている。日ハムはとにかく金がない。FA戦線には縁がないし、マネーゲームなど別世界のお話。育成選手もいないし、3軍もない。ましてや松坂を○年○億で買う余裕なんて、どこにもない。つまりトレードを含めたスカウティングと育成しか、選手を集める手がないのだ。

北海道日本ハムファイターズ

北海道日本ハムファイターズ 特設サイトより

 そのため、「素行不良・練習嫌い」といった悪評のある“ワケあり”にも果敢に手を挙げる。他球団がパスした選手を獲得し、そして成績・人格ともに一流選手に育て上げ、他球団を唖然とさせる日ハムフロント。そこで付いたあだ名が“北の更生施設”。他球団ファンは嫌味半分でそう呼ぶが、僕のような日ハムファンからすれば、これはもはや称号だ。ではどんな“ワケあり”選手が、一流選手に“更生”していったのか。実例を挙げて紹介したい。

ダルを皮切りにし、二岡・林トレードで“北の更生施設”が決定的に


 まずは05年入団のダルビッシュ有。高校球界では屈指の好投手とされながらも「ケガがち」「練習嫌い」「性格に難あり」などの噂がたち、それに追い打ちをかけるように喫煙姿がスクープされてしまう。他球団関係者は「それみたことか」と思ったに違いない。しかし、当時の佐藤義則投手コーチの教えにもともとの才能が開花。その後の活躍は誰もが知るところである。ワケあり選手でもスカウティングし、一流に育成する。そういった意味では、北の更生施設第1号はダルビッシュなのかもしれない。

 そして、そんなファイターズの特性を一気に知らしめたのが08年、二岡・林両選手の日ハムトレードである。二岡智宏は御存知、山本モナとのスキャンダルが発覚。こちらがあまりにも有名で陰に隠れがちだが、林昌範もファンに送ったイチモツ写メが週刊誌にひっそりと流出。主力2人のトレードに世間では「北へ島流し」と言われた。当時の巨人は自軍で「更生させる」のではなく、日ハムを頼ってきたのだ。

 巨人は「スキャンダルで汚れた選手は要らない」と。当時、筆者は「巨人は守ってやらねえのかよ! よし、ウチに来ればいいさ!」と思ったものである。そして林は09年、二岡は09年、12年のリーグ制覇に大きく貢献し、選手として返り咲いたのである。

 こうして日ハムと巨人の両フロントに信頼関係が生まれ(?)、数年。今度は14年の沖縄キャンプで、高橋由伸と矢野謙次がホステスとの乱交写真が週刊誌に。するとそれが当たり前かのように、矢野は日ハムにトレード。当時、巨人では出場機会も減っていた矢野も、今では日ハムの代打の切り札に。お立ち台で叫ぶ、矢野のお決まりのセリフ「ファイターズ最高!」には、様々な意味が込められているのである。

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