“訪問者”ビガロが目撃した天龍、大仁田、そして北尾――フミ斎藤のプロレス読本#070【バンバン・ビガロ編エピソード5】
スモウ・パレス(両国国技館)は、ビガロのお気に入りのビルディングだ。リングと観客席とがちょうどいい目の高さで結ばれている。マス席の傾斜がゆるやかだから、オーディエンスの顔がよくみえて、リングの上からアリーナのすみずみまで見渡せる。
トーキョーのお客さんはちょっとしたしぐさひとつにでも打てば響くようなリアクションをしてくれるから、試合をしていて楽しくふるまえるし、自由な気持ち、大胆な気持ちになれる。やっている側と観ている側のコミュニケーションがいいと、プロレスがしやすい。
ドレッシングルームの雰囲気は、ビガロが記憶していた新日本プロレスのそれとはちょっとちがっていた。ニュージャパンのボーイズはここにはひとりもいないし、なんだか見慣れない顔もたくさんいる。テンルーに会うのは“WWEマニア・ツアー”以来だ。
アメリカ人レスラーたちはテンルーに好意を抱き、大人物としてリスペクトしている。ボスなのにお高くとまったところがないし、“支度部屋”でのなにげない会話――天龍はプロレス英語がペラペラで、文法はまあまあだけれど発音がすごくいい――を大切にしてくれるからだ。
ビガロと大仁田のご対面は、ヤンキー同士の自己紹介みたいな感じだった。はじめに話しかけてきたのはオーニタのほうで、ビガロは聞き役にまわった。オーニタは体じゅうの傷跡をビガロにみせながら、数かずのデスマッチ体験を笑いばなしのように語った。
もちろん、ビガロはビガロでちゃんとオーニタの顔と名前は知っていたし、ひとつのレスリング・スタイルの第一人者としてリスペクトしていた。オーニタはオーニタで、頭にタトゥーを彫った暴走族あがりのアメリカ人にとりあえずフレンドリーなメンチを切っておくことにしたらしい。
1日に3試合もやらされるとは知らずにビガロはトーキョーにやって来た。6人タッグマッチのこともワンナイト・トーナメントのこともなんにも聞かされず、とにかく飛行機に乗ってきた。WWEのヨーロッパ・ツアーはいまごろフランクフルトあたりをまわっている。
ビガロは久しぶりに群れを離れ、ニューヨークの次に好きな街トーキョーに舞い戻ってきた。ひとり旅というのもたまにはいいもんだ、なんてすがすがしい気分になった。
試合終了後の打ち上げのパーティーでは、天龍が近づいてきて「サンキュー Thank you」といってビガロの手を握りしめた。しばしの別れの握手かと思ってビガロが右手を差し出すと、テンルーはその手のひらに厚さ3センチくらいの紙切れを握らせた。
なんだろうと思ったら、それはふたつ折りにした1万円札の束だった。相撲社会の伝統的な慣習を感じさせるテンルーのご祝儀のふるまいにビガロはうなった。
とっさのことだったのでその場ではお洒落なリアクションをすることができなかったけれど、「こんど来たときは、オレがボスに食事をおごろう」とビガロは心のなかで不良っぽい誓いを立てた。(つづく)
※文中敬称略
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

斎藤文彦
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
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