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「死ぬまでに有名になりたい」遅咲きグラドル・茜結の心情――声優、歌手、お笑い、女優…迷走の果てに

「有名になりたい……とにかく有名になりたいです。目標は、私という人間をほとんどの人が知っている状態になること。あとはテレビに出たいです。芸能の仕事を死ぬ間際までやりたい」

茜結

茜結さん

 そう語るのは、フリーランスで芸能活動をする茜結さん(年齢非公開)だ。おっとりとした口調ながら、強烈な上昇志向が見え隠れする彼女。現在はグラビアを中心に仕事をしており、昨年にはミスフラッシュ2017のファイナリストに選出。今年に入ってからも雑誌「BITTER」のグラビアオーディションで優勝して掲載を勝ち取り、さらに9月末には念願のファーストDVDが発売するなど、地道に活動の場を広げていっている。

「グラビアの仕事はミスフラッシュのオーディションが初めてだったんですよ。どうせ受からないだろうと思って書類を出したら通って、慌ててドンキで水着を買って公開オーディション、カメラテストに臨みました。そこでの経験がかなり自信につながりましたね」

 ……と、ここまでは普通の駆け出しグラドルの華々しい第一歩かと思いがちだが、実際の彼女が歩んできた道は駆け出しどころではない。その経歴はまさに、紆余曲折である。

茜結 大阪出身の彼女が最初に志した道は、実は声優だった。そこで、高校卒業後に声優学校に2年間通ったが、「もっと自分自身を表現したい」という思いから、在学中から劇団員としての活動を始める。

「けど、劇団員をやりつつも『このままずっと続けて、将来どうしたらいいんだろう?』と思うようになって、今度は歌に挑戦してみたいと、音楽学校に通うことにしました。その学校を卒業した後には大阪でコーラス隊をやったりしていたんです。けど、やっぱり事務所に入らないとお仕事がないんですよね。それで今度は、モデル事務所に登録して雑誌モデルとか、ウェブサイトのイメージガールの仕事をやるようになったんですよ」

 声優→歌手→モデルと、より肉体を駆使しながら活動場所を変えていった彼女の道のりは、これでもまだ半分ほど。

「モデル事務所での仕事はそれなりにあったんですが、テレビの素人番組に出たときに思ったんですよね。『もっとテレビとかに出たい』と。それにはやっぱり大きな事務所に入らないとダメだなって。だから関西の大手お笑い事務所に移ったんです。そこではタレント枠で所属していたんですが、実際には体をはって、鼻フックをしてネタやったり、芸人っぽい仕事もけっこうやりました。結局、2年くらい所属したかな」

 経歴に「お笑いタレント」という項目がアップデートされた彼女だったが、やはりもっと違うジャンルで挑戦したいと感じ、今度は総合芸能事務所に移籍。女優業やナレーションを中心に仕事をしていた。しかし「いい経験を積ませてもらいましたけど、関西だとこれ以上、自分が受けたいと思う大きなオーディションがないと思ってしまって。だから今が最後の機会だと、3年前から東京に拠点を移すことにしたんです」。

まだやってなかったグラビア仕事で起死回生


茜結 念のため、ここまでに彼女が通った道をおさらいしておこう。

 声優→歌手→モデル→お笑いタレント→女優&ナレーター

 まさに芸能仕事のオンパレードだが、意外にもまだやっていない仕事があった。グラビアアイドルだ。満を持して上京後にグラビアに挑戦した彼女だったが、それによって「人生最大のビッグウェーブが来た」という。

「今さらグラビアで評価してもらえたのが、自分でも不思議です(笑)。表紙じゃないけど雑誌で大きくグラビア載せてもらったり、それがヤフーニュースにも載ったり。9月末には初めてDVDを出せるんです。知り合い経由で声をかけてもらったんですが、そんなこと今までありませんでした。やっぱり、諦めなければ一個ずつ夢は叶っていくんだなって」

 とはいえ、なぜ急に上昇気流に乗れたのか?

「それはファンを作れたからだと思います。今のメイン活動は毎日、SHOWROOM配信をすることなんですが、そうやって地道に活動してきたのがよかったんだな、と。大阪時代は目の前の仕事をするだけでファンを作ってこなかったんです。ファンの人がいるってことがこんなに大きなことなんだって、ようやく気づきました。ほんと、今さらですが」

 とんでもなく遠回りしながらも、ようやく地に足をつけた芸能活動が始まったわけだ。

「芸能界の偉い人とかと話をすると、彼らは私のような“下”の人間がどういう世界で生きているか知らないんですよね。『ショールームで毎日配信して何になるの?』とか言われることもありました。でも、単純に稼ぐとかじゃなくて自分を発信する大切な場所なんですよ。いろいろやってきたけど、やっぱり私、芸能に携われることに一番生きがいを感じるんです。それが今まで、どんな生活難であっても辞めなかった理由だと思います」

 彼女の経歴を見て、大多数の人は「迷走している」と思うだろう。いや、彼女自身も「改めて振り返ってみたら、私、ひたすらさまよってますね」と笑うほどだ。しかし、結果的にしがみついてきたことで、今、遅咲きの花が咲こうとしているのも事実なのだ。

<取材・文/日刊SPA!取材班>




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