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東京の屋台が風前の灯火…。壊滅状態に追い込まれた知られざる事情

かつて日本においてその存在はごく一般的であった屋台。夜ごとリヤカーを引くその形態は庶民に親しまれ、チャルメラの音に懐かしさを感じる人も多い。しかし、この数十年で激減した東京の屋台は今や絶滅の危機に瀕し、数を正確に知る者もいないという。迫る’20年の東京五輪に向けて、屋台文化消滅の危機感を抱いたSPA!取材班は、現存する屋台の声を聞くべく、夜の東京を駆けた――。

屋台が壊滅状態に追い込まれた知られざる事情

ラーメン 東京の屋台は想像以上に“風前の灯”である。地域社会研究の第一人者である多摩大学名誉教授の望月照彦氏も、屋台の減少を感じてきた一人だ。 「私が’76年に実施したフィールドワークでは、まだ屋台が点在していました。しかし今はそのほとんどが姿を消し、屋台同士のネットワークも存在しない。もはや正確な数を把握している人はいないのではないでしょうか」  具体的に屋台営業にはどのような障壁があるのだろうか。都市計画コンサルタントの木村陽一氏は、屋台店主同様に法規制を理由の一つとして挙げる。 「飲食店として保健福祉局からの食品営業許可と、公道上で出店するには道路法に基づく道路占用許可と道路交通法に基づく道路使用許可が必須になります。屋台がこの許可を得るのは非常に難しく、新規出店は相当厳しいでしょう」  許可の具体的な要件は「水は容量18リットル以上の蛇口と蓋のある容器に入った飲用水を準備すること」「ほこりや昆虫の混入を防ぐ環境整備」といったもの。リヤカーは水もさることながら、開放的な形態である以上、「ほこりを防ぐ環境」という条件を満たすのが難しいことは想像に難くない。 「東京ラーメンショー」などの露天イベントも手掛けるラーメン評論家・大崎裕史氏も衛生管理の厳しさを身をもって語る。 「イベントによるラーメン店の臨時出店でもテントでは調理ナシの販売だけで、調理は水道が整って衛生管理が担保できるプレハブでのみ行っています。イベント期間中は毎日保健所の検査が入りますからごまかせません。路上においては、’15年以降都条例で路上販売の規制が強化され、現状は『ほぼ禁止』に近い状態です」  ちなみに福祉保健局は衛生管理上「固定式店舗」による営業を推奨しているが、道路工事などの公共の利益に関わること以外で「道路占用許可」を取ることはほぼ不可能。移動式のリヤカーでは衛生管理が不十分と見なされ、固定すれば道交法に引っかかるというジレンマが発生するのだ。  ’15年10月に起きた事件「約60回にも及ぶ警告を無視し、営業を続けた新宿の露天商男女5人が、『道路交通法違反』の疑いで逮捕」はその象徴といえる。約30年続く屋台も摘発されたとあって、ネット上でも話題になった。  そして、摘発の裏には“苦情”という現実がある。戦後、屋台から成り上がり、東京ラーメン史の礎を築いてきた「吉祥寺ホープ軒本舗」の難波公一社長は屋台を引いた頃を回顧して次のように語る。 「昔から苦情はあった。家賃を払わずに客を奪っていくんだから、周辺のテナントからしたら面白くないんだろうな。それに昔から『刑務所上がりの人間が屋台を引いている』っていう世間のイメージもあったから、近くにいられるのも嫌だったかもしれない」  移動販売キッチンカーの専門コンサルタントの平山晋氏も摘発激化の理由を「昔はいわゆる『テキヤ』が屋台を仕切っていることも多かった。規制には東京五輪を前に反社会勢力への資金流入を断つ目的もあるでしょう」と推測する。  もちろん、摘発だけでなく屋台そのものの「飲食店としての競争力の低下」も理由であると、平山氏、大崎氏は指摘する。 「かつて屋台は出店コストが店舗よりも低く、規制も緩かったため増えました。今は、衛生面を心配する消費者も多くなり、客離れが起きています」(平山氏) 「’80年代からファミレス、コンビニ、カラオケなど深夜営業をする業態が普及したことで、屋台のメリットが薄れました。ラーメンにしても、昨今のブームで実店舗の味の進化は著しく、競争は激化しています。こうした外的な要素も経営難に陥る屋台が多い原因のひとつでしょう」(大崎氏)
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最近では“ネオ屋台”が急成長
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