消え行く「東京の屋台」の歴史――そこには人々が生き抜くための戦いがあった
―[消えゆく[東京の屋台]の今]―
かつて日本においてその存在はごく一般的であった屋台。夜ごとリヤカーを引くその形態は庶民に親しまれ、チャルメラの音に懐かしさを感じる人も多い。しかし、この数十年で激減した東京の屋台は今や絶滅の危機に瀕し、数を正確に知る者もいないという。
東京における屋台の発祥とは?
屋台とはそもそも、いつどのようにして発祥したのだろうか。根本に横たわる疑問に光明を得るべく、2人の有識者を訪ねた。
「屋台の成り立ちには不明な点が多く、諸説があるのが現状です」
そう語るのは、都市計画コンサルタントの木村陽一氏だ。
「説の一つに、江戸時代からというものがあります。というのも、参勤交代で江戸にやって来た地方武士にとって大きな負担だったのが食事を作ることでした。その需要を察知した商人が、そば、握り寿司、天ぷらといった簡単に提供できる食物を路上で販売したのが屋台の原型ともいわれています。ただし、屋台風の絵はあるものの、屋台の存在を正式に認めるような当時の記述はありません」
古今東西のラーメン文化を研究してきた新横浜ラーメン博物館の中野正博氏もこれに同意。
「屋台文化の根底には江戸時代からの流れはあると思います。ただ、屋台の存在を直接的に明記した文献がないため、誕生に関してはやはり定かではありません」
では、屋台が文献の上で登場するのはいつなのだろうか。
「大正13年11月6日付の『河北新報』には、客を巡って屋台同士のケンカがあったという記事があります。また、大正15年発行の『裸一貫生活法』という本にも、“屋台ラーメンは稼げる”という旨の記述があり、文献資料に“屋台”が正式に登場しているので、その少し前には屋台があったと考えるのが妥当でしょう」(中野氏)
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