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ビル・ロビンソン “人間風車”のレスリングの旅――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第34話>

 ロビンソンは19歳でプロレスラーになり、イギリス国内をはじめスペイン、フランス、ドイツ、ベルギー、ポルトガルのトーナメント大会に出場。

 1960年代前半はインド、ネパール、レバノン、リビア、エジプトといったアジア、中東の各国でプロレスではないプロレスを体験した。

 ロビンソンの代名詞となる“人間風車”ダブルアーム・スープレックスは、ドイツ遠征中にブービー・アールというミュンヘン在住の元オリンピック選手から伝授されたものだった。

 1965年、ドイツでホースト・ホフマンHorst Hoffmanからヨーロッパ・ヘビー級王座を奪取し、1967年にイギリスで“蛇の穴”の大先輩にあたるビリー・ジョイスBilly Joyceを下して大英帝国ヘビー級王座を獲得したロビンソンは、1968年(昭和43年)4月に“ヨーロッパ最強の男”として初来日した。

 当時の日本のプロレス界は日本プロレスと国際プロレスの2団体時代で、この前年に発足したばかりの国際プロレスはおもにヨーロッパから外国人選手を招へいしていた。

 ロビンソンは同年11月、国際プロレスの『第1回IWAワールド・シリーズ』トーナメントに優勝し初代IWA世界ヘビー級王者に認定され、“日本組のガイジン”として翌1969年(昭和44年)4月まで半年間、日本人選手の強化コーチを兼ねて東京に滞在した。

 その後、ロビンソンはスチュー・ハートのブッキングでカナダ・カルガリーに遠征し、ここでドリー・ファンク・ジュニアのNWA世界ヘビー級王座に初挑戦した。

 1970年にロード・ブレアースの紹介でハワイに拠点を移し、1971年にアメリカ本土に移住した。

 いまになってみると、日本とのコネクションがロビンソンをアメリカのレスリング・シーンに導いたととらえることもできる。ヨーロッパの“プロレス経済”は衰退しつつあった。

 アメリカに渡ったロビンソンは、北部ミネソタのAWAをホームリングとして活動しながらテキサス、テネシー、フロリダ、カナダのバンクーバー、モントリール、メキシコのサーキットにも足を伸ばした。

 “バーン・ガニアの後継者”といわれた時期もあったが、ガニアはロビンソンを次期AWA世界王者候補ではなく“ガニア道場”の監督に任命し、リック・フレアー、ケン・パテラ、カズロー・バジリ(アイアン・シーク)、ボブ・リーマス(サージャント・スローター)らがロビンソンのしごきを受けた。

 ロビンソンが“新弟子”だったフレアーにキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを教えたかどうかはさだかではない。

 日本におけるロビンソンのいちばんの名勝負は、たったいちどしか実現しなかったアントニオ猪木とのシングルマッチだろう(1975年=昭和50年12月11日、東京・蔵前国技館)。

 60分フルタイムのドローに終わったNWFヘビー級選手権はいまでも“伝説のタイトルマッチ”として語り継がれている。

 新日本プロレスとの関係はなぜか1シリーズで終わり、ロビンソンはそれから半年後に全日本プロレスに活躍の場を移した。

 ロビンソンはめったにフォール負けをしないレスラーだったが、全日本プロレスに移籍したシリーズではジャイアント馬場とのタイトルマッチに2-1のスコアで完敗(1976年=昭和51年7月24日、東京・蔵前国技館)。

 このときのロビンソンは明らかにオーバーウエートで、ショートタイツではなくアマチュュア・レスリング用のシングレットを着用していた。

 その後、ロビンソンはジャンボ鶴田を下しUNヘビー級王座(1977年=昭和52年3月5日、秋田)、キラー・トーア・カマタを下しPWFヘビー級王座(1978年=昭和53年6月12日、一宮)を獲得。

 天龍源一郎とのコンビで馬場&鶴田が保持するインターナショナル・タッグ王座に挑戦した試合は、天龍が“プロレス開眼”した試合といわれている(1981年=昭和56年7月30日、東京・後楽園ホール)。1985年の引退まで全日本プロレスに在籍した。

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ルー・テーズの推薦でUWFインターナショナルの専任コーチに

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