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ロディ・パイパー フィクションとノンフィクションの境界線――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第63話>

ロディ・パイパー フィクションとノンフィクションの境界線<第63話>

連載コラム『フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100』第63話は「ロディ・パイパー フィクションとノンフィクションの境界線」の巻(イラストレーション=梶山Kazzy義博)

「オレは6000試合も闘ってきたんだ」「オレは15のトシからこの仕事をやってるんだ」という“語録”を遺した。

 “ラウディ”ロディ・パイパーは、1980年代以降、ハルク・ホーガンとアンドレ・ザ・ジャイアントと並びアメリカでもっとも一般的知名度の高いプロレスラーだった。

 トレードマークは、スコットランドの民族衣装のキルトとバグパイプ。スコットランドのグラスゴー生まれ、ゲール貴族の末えいを自称したが、じっさいはカナダ出身。

 プロレスラーとしてのキャラクターと同じように、パイパーの人生はフィクションとノンフィクションとがつねにごちゃ混ぜになっていた。

 父親はスコットランド人で、母親はアイルランド人だというからスコットランド出身という架空のプロフィルは両親のバックグラウンドがヒントになっていたのだろう。

 じっさい、パイパーは少年時代の数年間をスコットランドで過ごし、このときに少年少女楽団でパグパイプの演奏を学んだのだという。

 家族とともにカナダ・トロントに戻ったのはパイパーが10代になってからで、警察官だった父親とうまくやっていけずロディ少年は12歳で家を出た(とされる)。

 “12歳で家出”というプロフィルはあくまでもパイパー自身のコメントによるものだが、ほんとうは15歳だったかもしれないし、18歳だったかもしれない。

 生年月日については“1950年”“1952年”“1954年”の3つの説があったが、後年、1954年が正しいデータであったことが判明した。

 どうやら、パイパーは若手時代、プロフィル上の年齢をじっさいよりもちょっとだけ上にして“自己申告”していた。ナメられたくなかったのだろう。

 15歳から18歳までの経歴については“空欄”になっているが「ウィニペグのユースホステルに住み込みで働きながらプロボクサーをめざしてトレーニングを積んでいた」というストーリーが信ぴょう性が高い。

 プロレスラーとしての最初の試合は1972年で、マニトバ州ウィニペグでラリー・ヘニング――“ミスター・パーフェクト”カート・ヘニングの父親で、カーティス・アクセルの祖父――と闘い、25ドルのファイトマネーを手にしたとされる。

 “家出少年”だったパイパーが安住の地として腰を落ち着けたのはオレゴン州ポートランドだった。

 オレゴンは無名時代に初めてプロレスラーとしてメシを食えるようになった土地で、プロモーターのドン・オーエンDon Owenはパイパーにとって父親のような存在だった。

 “スコットランドからやって来たバグパイプ吹き”パイパーがロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムに登場したのは1975年。

 パイパーというリングネームの由来はバグパイプのパイプ=管で、ロディは本名ロドニックの愛称。

 リングコスチュームはもちろんスコットランドの民族衣装キルトで、タイツもリングシューズもスコットランドのタータンチェックといういでたちだった。

 1970年代のロサンゼルス地区(マイク・ラベールMike LeBell代表)は、フレッド・ブラッシーが主役だったWWAが崩壊(1968年)したあとのNWA加盟団体時代で、アメリカとメキシコと日本の中継地点のようなテリトリーだった。

 パイパーはロサンゼルス地区認定アメリカス王者、同アメリカス・タッグ王者として活躍し、WWEジュニアヘビー級王者時代の藤波辰爾ともオリンピック・オーデトリアムで2回、対戦した(1978年1月28日と1979年1月11日)。

 パイパーは、のちにWWEスーパースターとして一時代を築いたジミー・スヌーカ、リッキー・スティムボート、ポール・オーンドーフらがそうであったように、1970年代の終わりから1980年代前半にかけてNWAミッドアトランティック地区(ジム・クロケット・プロモーション=ノースカロライナ州シャーロット)、NWAジョージア地区(オレイ・アンダーソンOle Anderson派)を長期サーキットした。

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プロレス番組の全米中継時代のはじまり

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