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僕は誇りたい。パワーショベルでダンスをした父を――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第19話>

そこに親父は現れた、アレに乗って

そんな折、一つの事件が起きた。 僕が生まれ育った地方では「とんど祭り(とんど焼き)」という風習があった。冬休みが終わろうかという1月の15日くらいに地域の人が集まって、正月飾りや鏡餅などを燃やすというものだ。正月の終わりを告げる風物詩みたいなものだ。 うちの地域はけっこうな分量の正月飾りと大きな竹を燃やす規模の大きい催しだった。組み上げられた竹が天を焦がすほど燃え上がる豪快なものだった。 この祭りは地域の公園を使ってやることになっていたのだけど、その年はその公園が工事中であり、急遽別の公園でやることになっていた。普通なら祭り用の穴があらかじめ掘られている場所を使うが、その年は掘る必要が出てきた。 なにしろ結構な量の竹やらなにやらを燃やすので地表に置いて燃やすというわけにいかないらしく、ちょっと地面を掘り下げてそこで燃やすというスタイルをとっていた。 穴掘りには地域の小学生とその保護者が駆り出されることになった。といっても子供は何もできないので、穴を掘るお父さんを見守るというスタイルだった。 スコップを持ってお父さんたちがわいわいと穴を掘るが、公園の地盤があまりにも固くて作業が進まない様子だった。無理もない。これまで掘られたことがない場所を掘っているのだ。その固さはコンクリートに匹敵するほどだった。 「全然だめですわ」 「これは無理でしょ」 普段はスコップなんかもったことないであろうサラリーマンお父さんたちが苦戦する。そのなかでうちの父親はまだ現れていなかった。仕事の都合で遅れるとだけ言い残してどこかに行ってしまったのだ。 「ドカタの親方にやらせればいいんだよ、こんなの」 地域のガキ大将的な男の子がそう言った。すぐにガキ大将の父親に諫められていたが、オーディエンスの心は完全にドカタの親方待ちであった。 僕はここに父親が来ることが心底嫌だった。どうせ汚い格好で来るし、下品な振る舞いをするに決まってる。そして、蔑まれた視線の中で汗だくになりながら穴を掘るのだろう。そんなの正視に堪えない。 他の連中も父親のことをただ「穴を掘るしか能がないやつ」と見ている、そう感じられたから。穴掘りなんてものはドカタの親方に任せておけばいい、そんな視線に囲まれているというのに、泥だらけになって汗だくになって穴を掘る父親を見たくはなかった。 ただ、僕は後に知ることになる。うちの父親は狂っているのである。そんな僕の嫌な気持ちとか心配だとか、そんなものとは別次元の場所に存在する男なのだ。 「これは素人には掘れませんわ」 誰かのお父さんが諦め気味にそう言った瞬間だった。 キュラキュラキュラ 遠くから異様な物音が聞こえだした。 この公園は、比較的背の高い生け垣で周囲が覆われていて、ほとんど様子を伺うことができない。ただ異様なキュラキュラという音が響き渡っていた。 「なんだ、なんだ?」 その謎の音はどんどんと近づいてくる。不穏な空気が張り詰めた糸のように緊張感をもたらしていた。誰もが黙ってその音の出どころを注視した。 そしてついに、“それ”が公園の入り口に姿を現す。 パワーショベルだった。
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パワーショベルのアームはまるでダンサーのようだった
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