更新日:2018年11月27日 16:13
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僕は誇りたい。パワーショベルでダンスをした父を――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第19話>

パワーショベルのアームはまるでダンサーのようだった

うそー! そのパワーショベルをうちの父親が運転している。地域の祭りの穴掘りにパワーショベルで来やがった。ドカタの親方が仕事に使うパワーショベルが颯爽と登場したのだ。 なんで? ちょっと穴掘るだけなのになんでそんな本気なの? っていうか、それ道路を走っていいの?(たぶんダメ) 誰もが抱くそんな疑問をよそに、父親はその頼もしいパワーショベルのアームを華麗に操作し、地面を掘り始めた。揶揄していた人も、それを諫めていた保護者も、僕すらも、無言でそれを見つめるしかなかった。 蝶のように華麗に舞うパワーショベルのアームはまるでダンサーのようだった。そして、パワーショベルが奏でる機械音は芸術の調べのようで、それを演奏する父親は作曲家のようだった。 結局、父親は淡々と、それでいてあっという間に、遺体を10人くらい埋められそうな大穴を開け、キュラキュラと音を奏でて帰っていった。地域の人たちは死体を埋める気はないので、他のお父さんたちで埋め戻したくらいだ。 「お前のお父さん、狂ってるんだな」 ガキ大将は大穴を埋め戻しながらそう言った。パワーショベルで駆け付けた父親のインパクトは「ドカタの親方」を吹き飛ばした。あの揶揄の言葉は「狂った父親」に変わりつつあった。 あれはなんだったのだろうかと今でも思い出す。 父親は、もしかしたら父親の職業を恥じる僕の気持ちを慮ってああしたのではないだろうか。どんな仕事であろうとも、誇れる仕事ってやつを持つように言いたかったんじゃないだろうか。 あれから歳月が経ち、あの日の父親よりもおっさんになってしまった。いまの僕は誇れる仕事をしているだろうか。あの日の父親のように誰に何と言われようと、責任を持って働き、誰かのためになっていると胸を張れるだろうか。 誇れるかどうかは分からない。つまらない日々を生きるおっさんだ。でも一つだけ誇れることがある。 うちの父親はドカタの親方である。 僕は今でもこれだけは胸を張って言える。それ自体が僕の誇りなのだ。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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