本を読まない人たちに届くような仕組みを
――では実際に、このプロジェクトが「文学のためになる」と判断したポイントはどこにあるんでしょう。
上田:まずリーチ力ですね。月刊文芸誌の部数が約1万部と考えると、スマホのブラウザ上で『キュー』を読んでくれた人は、桁が違ってきていることがわかっています。それは、文芸誌に載せているだけではまったく届かないような層にも届けられるということ。たとえば、本文を読み進めることでジェネレーティブアートという、動く挿絵をSNSで共有できるシステムになっているのですが、それをシェアしてくれたアカウントを確認すると、これまで文芸誌に触れたことがないような人たちにも届いていることがわかる。いい意味で「誤配」が始まっているんです。
――そうした誤配から具体的にどんなことを期待していますか。
上田:以前、文学とはまったく関係のないリクルート社の役員をしている友人に、試しに僕のデビュー作である『太陽』(※4)という小説を読んでもらったことがあるのですが、「なんかガルシア・マルケス(※5)みたい」って言われたのがすごく印象に残っていて。要するに、その人も学生の頃はマルケスみたいな小難しいものも一応読んでいたわけです。ところが就職して忙しくなって、次第にそういうものから遠ざかって自己啓発本みたいなものしか読む機会がなくなってしまった。小説を読まないと自認している人の半分は、実はこのタイプだと思うんです。そういう人たちが、まずは枠組みの新しさから再び文学に興味を向けるきっかけになれればいいなと思います。
――私も実際にスマホから閲覧してみたのですが、体験型読書といった感じが斬新だなと感じました。毎回違う挿絵になるし、挿絵に引用される本文の言葉に、「なんか仕事する気分じゃなくなってきた」といった、ついついシェアしたくなるような一文を選んでいる点も面白い。
上田:しかもあれはKindleのようにインストールする必要がないんです。ただリンクをクリックするだけで、縦書きの文章がストレスなく読めてしまう仕組みになっている。それって電子書籍のインターフェースとしてはものすごく画期的なことなんです。でも、技術に疎い人からすれば「なんだ、よくあるやつじゃん」で片づけられてしまう。
――現に、今回のプロジェクトに対して、「今さら小説をネットで配信することにどんな新しさがあるのか」といった批評もありました。
上田:うーん、詳しくない分野に無理にコメントを求められているのかなという印象を受けますね。僕が『太陽』を発表したとき、純文学畑の人からは「SFではこんなのありがちでしょ?」って言われることが多かったのですが、SF畑の人からは逆に「すごいな、この発想」って言ってもらえて……。知らないからこそありがちに見えるということは往々にしてありますが、それはあらゆる面で未来に向かう可能性を見落としてしまう危険がある。自分自身も気をつけなきゃいけない点だなと思います。まあでも、何かコメントしなければいけない立場ってのも大変ですよね。
――このフォーマットが書き手である上田さん自身に与えた変化はありますか?
上田:小説の打ち合わせってたいてい編集者と一対一で行うものだと思うんですが、『キュー』の場合はヤフーと、デジタルデザインを担当するtakram社のスタッフ合わせて最大20人くらいで打ち合わせするんですよ。しかも、文芸畑じゃない人たちが、いろんな目線から「この表現はわかりにくいです」っていうダメ出しをしてくれる(笑)。これってものすごく公共性が高い創作現場だと思います。
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