更新日:2023年03月22日 10:17
スポーツ

サッカー昌子源をフランスで直撃「W杯の悔しさが海外移籍を押した」

撮影/栗原正夫

『オマエ、いい選手だな』って言ってもらえるようなプレーを見せたい

 リヨン戦は1-5と大敗。昌子自身、フランスの新星FWムサ・デンベレに振り切られ、ゴールを許した場面もあった。 「これまで積み上げてきた自信をすべて失うっていうか、1対1の局面でもあっさり崩されるなどメンタル的には相当こたえました。正直、5点目を取られたのが70分すぎで『まだ20分もあるのかよ』って思ってしまいましたし、アディショナルタイム表示が出たときにはウチのチーム全員が『アディショナルタイムはいらないから早く試合を終わらせてほしい』という雰囲気でした(苦笑)。  ただ、J1にデビューした頃も、当時川崎Fにいた嘉人さん(大久保、現・磐田)に何度もチンチンにされて、『いつかぜってぇ止めてやる!』って反骨心を持ち続けたことで成長できましたし、次は絶対にデンベレを止めてやると思っています」  Jリーグ時代は鹿島でJ1、天皇杯、リーグカップ、ACLと多くのタイトルに恵まれた昌子。だが、トゥールーズは1部在籍期間こそ長いものの、過去5年間を見ても20チーム中、9位、17位、17位、13位、18位と下位に低迷し、クラブ関係者やファンの望みは、まず残留。勝利への執念や野望という点で常勝クラブの鹿島とは大きく異なる。今季も34節を終えて、8勝14分け14敗の15位と沈む。無自覚でいれば、周りに流され、モチベーションを失いかねない。 「正直、ここに鹿島のような勝者のメンタリティはないですよ。リヨン戦も1-5とボコられたあと、笑っている選手もいましたし、なかなか勝てないし、点が入らないですから(苦笑)。まずは残留できれば御の字という空気ですし、メンタル的にキツい部分もあります。  ただ、やっぱり試合をする以上は勝ちたい。だから、そこで『このクラブはダメだ』ってグチってもしょうがない。僕だけでも練習から戦う姿勢を見せていければ、チームも少しずつ変わっていくかもしれないじゃないですか」  ロシアW杯直後にも海外移籍の噂はあった。もともと海外志向は強かったのだろうか。 「それまでも何度かオファーをもらったことはありましたが、全然興味がなかったんです。ただ、W杯を経験して悔しかったのもあるし、ちょっと環境を変えるのも大事かなと思って。正直、日本にいれば少しくらい調子が悪くても、それまでの評価でごまかせるっていうか、“丸められる”状況にもっていけたと思うんです。安定した地位も、お金も、言葉も日本に残ったほうがいいのは当たり前。フランス語は勉強しているとはいえ、やはり難しいし、いまだにユーロから円への換算だって数秒かかりますから(笑)。  ただ、一度すべてをゼロにして、まったく違った環境のなか、どれだけできるか試してみたくなった。街を歩いていても僕のことなんて誰も知らない環境のなか、『オマエ、いい選手だな』って言ってもらえるようなプレーを見せたい、と思ったのがここに来ようと思ったきっかけです」

「あれを超える悔しさはない」“ロストフの14秒”の真実

「今でも記憶は鮮明」というロシアW杯ベルギー戦の“ロストフの14秒”
写真/EPA=時事

 ロシアW杯決勝トーナメント1回戦のベルギー戦。日本代表は2点をリードしながら、終盤に同点にされると、アディショナルタイムに敵陣でのCKから見事なカウンターを食らい、2-3と逆転負け。初のベスト8進出を逃した。  3点目の失点シーンは、開催地ロストフ・ナ・ドヌーと、ベルギーのゴールがわずか14秒で生まれたことで「ロストフの14秒」とも言われているが、その場面で相手選手を必死に追いかけたのが、ほかならぬ昌子だった。最後は必死のスライディングも実らずにMFシャドゥリにゴールを許した。失点後、ピッチに倒れ込んだ昌子が何度も芝を拳で叩きながら悔しがる姿が印象的だった。

「悔しいけど、世界との差を感じた瞬間だった」と昌子は振り返る
写真/AFP=時事

「僕は、今でも鮮明に覚えています。前を走っていたMFデブライネが少しずつ遠くなる感じとか。映像を見たら、疲れ切っているから顎が上がっているんですよ(苦笑)。最後にシャドゥリが決めるところはスローモーションみたいですし、忘れられないですよね。今でもCKで相手GKにキャッチされるとあの場面が頭をよぎることがあります。あの悔しさを超えるものはないですね」  たとえば、もう少しこうしていたらと思うこともあるのだろうか。 「完璧なカウンターでしたからね。ただ、GKが取ったときに、イエローカード覚悟でもボールをフィードするのを遅らせるようなプレーができなかったのかと思います。正直、GKがキャッチした瞬間に(後半は)終わると思いました。でも、相手はそうじゃなかった。あまりにもショックだったし、世界との差を痛感させられた14秒だったと思います」
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W杯後には高熱に苦しんだ
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