阪急電鉄の広告炎上… “やりがい搾取”の現場は「肩書き与えて時給50円アップ」
しかし、そんな「明らかなムリゲー」の状況に対し、佐藤さんはおかしいと感じたり逃げようと思ったりはしなかったのだろうか。
「毎日感情スイッチをオフにしないと心が持たなかったですね。当時は就職活動中だったのですが、さすがに『出来ません』と言っても、店長から『そんなんじゃ社会に出たらどこにも通用しないよ』と半ば脅されるんです。僕もそういうものなのかなって。
ただ、よっぽど暇な日じゃないとワンオペなんて不可能。もちろん、そんな暇な日はほとんどありませんよ。ひとりで会計、コーヒー&サンドイッチを作る、店内のテーブルをふきにいったり、食器類を洗ったり……。さらに、床にコーヒーをこぼしたり、機械が故障したときなんて最悪です。お客様は通勤途中でみんなイライラしている。対応が間に合わなくて、『おせえぞ!』『もういらないからカネ返せ!』って怒られる」
店長は住んでいた場所が店の最寄り駅からは遠かったので、早朝の時間帯はほとんど出勤できなかった。そんななか、本社から新入社員がヘルプで送られてくることもあったが、毎回とはいかない。結局は、佐藤さんが半ば強制的に多くシフトに入ることを求められたという。
しかし、「ブラックあるある」というべきか、理不尽に理不尽は重なるもの。
「ワンオペで洗い物もできていないような、そんなしっちゃかめっちゃかなときに、さらに店内の電球が切れてしまった。交換する時間なんてありません。そこに、たまたま本社のお偉いさんが来店してしまい、『この状況はなんだ? 洗い物は? 電球は?』みたいにこっぴどく怒られたんです。こっちとしては、それどころじゃないのですが。しかも『キミ、マネージャーだよね、責任者。キミの責任だよ』みたいに言われて……心が折れますよね、さすがに」
その翌日、佐藤さんは店長から事務所に呼び出された。
「当然、お偉いさんから店長にも話が伝わったようです。店長もお偉いさんから叱られたようですが、それをまた僕にぶつけられて……」
佐藤さんは唇をきつく噛み、絞り出すように続ける。
「絶対に……絶対におかしい。その場で『辞めます』と伝えました。『社会をナメてるのか?』『お前みたいな無責任なヤツを採用する企業なんてないぞ』とか言われましたが、もう何も聞こえないふりをしました」
こうして自分の置かれている理不尽な状況に目が覚めた佐藤さん。ついにブラックバイトから抜け出す勇気を持つことができたという。その後は……?
「なんと、半年後ぐらいに店が閉店しました(笑)。僕は喫茶店の近所に住んでいたこともあり、原チャリで毎朝通勤していたのですが、そうでない人は始発に乗らないと、5時30分に事務所に着いて開店準備はできない状況でした。
僕が辞めてしまい、さすがに5時半からのワンオペをやりたいという人材が見つからなかったんでしょうね。その後、バイト仲間に聞いた話では、店長が始発に乗って自分でワンオペやっていたらしいんですが、過労で病気になり倒れてしまったみたいです。やっぱり無理だったんですよ」
恐らく店長もそのことは薄々気が付いていたのだろう。しかし、他の人材を確保できないがゆえに、やむを得ず責任感の強そうなアルバイトの佐藤さんにマネージャーという肩書きを与え、やらざるを得ない状況に追い込んだ。もう10年以上前の話ではあるが、彼は今でも当時のことを深く根にもっている。
今回のケースのように、社会人経験の少ない若者は「やるしかない」「そういうものなんだ」と思い込んでしまうこともあるだろう。現在はSNSで声をあげることもできる。少しでも「理不尽だ」と感じたら、心が壊れてしまう前に助けを求めて逃げ出すのも手だろう。<取材・文/松本果歩>インタビュー・食レポ・レビュー記事・イベントレポートなどジャンルを問わず活動するフリーランスライター。コンビニを愛しすぎるあまり、OLから某コンビニ本部員となり店長を務めた経験あり。X(旧Twitter):@KA_HO_MA
ブラック企業は労働者からやりがい搾取をしないと潰れてしまう!?
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