人はなぜ【当たりもしない】未来予測をしたがるのか?

人はなぜ(当たりもしない)未来予測をしたがるのか?

 人がなぜ未来予測をするのかといえば、それは「未来が楽しかったから」でしょう。中世のように世の中の変化がゆっくりしていた時代には、100年後を予測する必要はない。「今と変わらないんじゃね?」でオシマイ。逆に言えば、自分が生きてる間に世の中がどんどん変化しているという実感を人々が抱く時代になって初めて、未来予測が関心を呼ぶようになってきたわけです。具体的には18世紀の産業革命以降、蒸気機関ができ、鉄道が敷かれ、電信電話線が張り巡らされ……と、人々の生活は大きく変わってきた。そこで「こんだけ世の中が変わるなら、未来はどうなっちまうんだ?」と。未来予測をしたがる気持ちとは、私たちが変化の最中にあるという現在の姿を映した鏡みたいなものなんです。そうした変化の原動力となった科学技術の進歩は、大量殺戮兵器や公害といった負の面もありましたが、全体的に見れば人々の生活を豊かにしてきた。未来には希望があり、その予測は「楽しかった」。それが未来予測の人気を支えてきたのではないでしょうか。

 未来予測はすべて、その時点での人々の思いを反映したものです。その時代の人々が何を考え何を期待していたか。過去の未来予測を眺めることは、その思いの移り変わりを学ぶことであり、ひいては現在の自分たちが抱く思いを見つめ直すきっかけにもなる。昔の未来予測のハズレ方を見て生まれる笑いは、私たちが自分の過去を振り返って若さゆえの過ちに苦笑するのと似ているかもしれません。

 世の中が変化し続ける限り、未来予測は今後も行われるでしょう。なかには荒唐無稽なトンデモ予測もあるかもしれない。でも、未来を考えることは、今の課題を考えることでもある。大事なのは想像力を制限しないこと。未来予測が単なる現在の延長だったらつまらないし、それは現在の私たちにアイデアが枯渇していることを示す”危険信号”と言えるでしょう。

【植木不等式氏】
’58年、東京都生まれ。サイエンスライター。
’90年代初めには未来技術予測調査の委員も務めた。著書『悲しきネクタイ』『スピリチュアルワールド見聞記』ほか


取材・文/石島律子 漆原直行 昌谷大介

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