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日本人野手のメジャー挑戦は鬼門…筒香、秋山、菊池の可能性を日本人大リーガーの成績から読む

 来季のメジャー移籍を表明している埼玉西武ライオンズの秋山翔吾と横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智、広島東洋カープの菊池涼介。もし実現すれば、久しぶりの野手としてのメジャー移籍となる。彼らの日本での実績は語るまでもない程であり、タイプの違う3人の選手がアメリカでどれだけの活躍が出来るか大きな楽しみであることは間違いない。  無論、待っているのは明るい未来ばかりではない。過去、多くの日本を代表する選手がメジャーを目指すも、さまざまな違いに苦しみ、結果を残すことができない場合も少なくなかった。アメリカでの日本人野手の「挑戦」を振り返ってみた。

中村紀洋(2005 ロサンゼルス・ドジャース)

■メジャー成績 17試合出場 打率.128 本塁打0  かつて「ジャパニーズ・マグワイア」とも称された中村紀洋。近鉄バファローズ時代、入団当初からの持ち味である長打力を発揮し、2000年シーズンには本塁打王、打点王を獲得、翌年にはキャリアハイとなる46本塁打を放ち近鉄の優勝に大きく貢献した。タフィ・ローズと3・4番に並ぶクリーンナップは猛威を振るい、「猛牛打線」の象徴的打者として君臨した。
noriの決断―中村紀洋のフルスイング野球人生

画像:noriの決断―中村紀洋のフルスイング野球人生(ベースボールマガジン社)

 2002年にFAを宣言、メジャー移籍を決意し、大リーグ・ニューヨーク・メッツと交渉するも契約合意にまでは至らなかった。2005年2月にドジャースとマイナー契約を結び、シーズン開幕後すぐの4月にはメジャー昇格を果たす。しかし5月に再び3Aへと降格、その後のメジャー再昇格はならず、その年限りでドジャースを退団、アメリカの地を後にする。日本野球界屈指のパワーヒッターの挑戦にファンは大きな夢を膨らませたものの、メジャーでの本塁打はゼロと、その長打力を発揮できず不完全燃焼に終わった。

西岡剛(2011~2012年 ミネソタツイン・ツインズ)

■メジャー成績 71試合 打率.215 本塁打0  千葉ロッテマリーンズで長らくスピードスターとして活躍した西岡剛は26歳という若さでメジャーへと渡った。渡米直前の年となる2010年には首位打者も獲得した他、2塁手として計3度、ゴールデングラブ賞にも輝くなど、類稀な打撃センスと内野手としてのスキルも備えたプレーヤーのMLB移籍に大きな期待が膨らんだ。
全力疾走

画像:全力疾走(宝島社)

 しかし、ミネソタ・ツインズでメジャーデビューを果たすも、あまりにも痛烈な洗礼を受ける。2塁手として出場した開幕直後の試合、併殺プレー時に相手選手と交錯、左足を骨折し開幕早々に故障者リスト入りとなってしまう。併殺崩れを狙う、激しく大胆なスライディングはそのワンプレーだけで本人のみならず、日本のファンにもメジャーとのプレーの質の違いをまざまざと見せつける格好となった。いきなりの大けがで出鼻をくじかれた西岡はそのシーズン中に復帰するも68試合出場、打率も.226に終わり、2年目はシーズンの殆どを3Aで過ごした。  走攻守、全ての面に優れ、若くしてメジャーへ渡ったこともありアメリカでの更なる飛躍が期待されていた分、メジャー挑戦序盤でいきなり訪れたアクシデントは、あまりにも悔やまれるものとなってしまった。

川崎宗則(2013年~2016年 シアトル・マリナーズ、トロント・ブルージェイズなど)

■メジャー成績 276試合 打率.237 本塁打1  2012年のシーズンオフ、海外FA権によりシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだのが「ムネリン」こと川崎宗則。ワールドベースボールクラシック日本代表に2大会連続で選出される等、俊足好打で鳴らした遊撃の名手はアメリカでも独特の存在感を放った。何より、メジャーへと渡った理由の一つとして伝えられたのが「イチローと一緒にプレーするため」だった。
川崎宗則オフィシャルサイト

画像:川崎宗則オフィシャルサイト

 同じマリナーズを移籍先に決め、1年目の春先のオープン戦で驚異的な活躍をみせた結果、メジャー昇格を勝ち取り、憧れと公言するイチローとのプレーを実現させる。アメリカを舞台に攻守で躍動感あふれるプレーを披露し、メジャーでは目立った成績は残せていないものの、2017年に日本球界復帰するまでの5年間、マイナーリーグでの生活も含めて野球を「楽しむ」という姿勢を崩さず、ファン、そしてチームメイトからも愛される存在となった。
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新庄、城島の活躍
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