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みちょぱの“ブレない大御所感”をその経歴から紐解く

 11月2日放送の『あちこちオードリー~春日の店あいてますよ?~』(テレビ東京系)に出演した「みちょぱ」こと池田美優は、その受け答えでメインを務めるオードリーを感心させた。  数多くのテレビ番組に起用されている池田だが、共演者と友だちにならないようにしていることを告白。「芸能人は信用していない」と語り、プライベートをともにするのは藤田ニコルだけで、それ以外のタレントとは深い関係にならないようにしていると明かした。この話を聞いたオードリー・若林正恭は、「美保純さんと絡んでいるみたい」「一通り経験したみたい」とベテラン女優を引き合いに出して池田を評価。さらに「21歳で大御所の感じ」と、貫禄さえも感じさせるような彼女の佇まいを称賛した。
 群雄割拠のギャルタレント界のなかでも、バラエティ番組に引っ張りだこの池田は、頭一つ抜けた存在と言っていいだろう。そこで今回は、改めて「みちょぱ」というギャルタレントの半生を振り返りながら、その人気の秘訣に迫ってみたい。

反抗期で学校をサボり親と喧嘩

 まずは「みちょぱ」というニックネームについて解説しよう。その由来は、大人気マンガ作品『ONE PIECE』。小学5年生の頃、同作品に熱中していたという池田は、美優の「み」と、登場キャラクター「トニートニー・チョッパー」を掛け合わせ、このあだ名を自分に付けたのだとか。  しかし、当時はまだタレント活動を行っておらず、ブログやSNSなどのハンドルネームとして使用していたようだ。その後、中学校に進学した池田だったが、校則などに縛られるのが耐えられなかったようで、徐々に学校が嫌いになっていったとのこと。バスケ部やバレー部に所属してみたものの3か月で辞めてしまい、中学2年生の頃には、学校をサボることも増えてしまっていたという。  まさに反抗期の真っ盛り。出勤の時間を昼間にずらしてまで、池田が学校に行くためのサポートをしてくれていた母親に向かって「死ね」と暴言を吐いてしまったことや、殴り合いの喧嘩になってしまったこともあったそうだ。

モデル活動のきっかけは人数合わせ!?

 中学3年生の時に、モデルの仕事を始めた池田。そのきっかけは、当時彼女が所属していた「ギャルやギャル男がいっぱいいる」サークルの、すでに読者モデル経験を持つ先輩からの誘いだったという。  なんでも、『Popteen』の別冊『JC Popteen』を作る際の、読者モデルの頭数を増やすために、撮影に呼ばれたとのこと。当初はただの人数合わせだった池田だが、そこで会った雑誌の担当者からは、「君は絶対に有名になる」と言われたそうだ。  こうして見出された池田はトントン拍子に出世を果たし、2015年1月号の『Popteen』において、初めて単体で表紙を飾ると、その後5カ月連続で表紙に起用されるなど、モデルとしての確固たる地位を確立。同年代の女性から圧倒的な支持を得て、「ギャルのカリスマ」とまで称される存在に登り詰めることとなる。

活躍を支えた母の言葉

 モデルとして著しい活躍を見せてきた池田だが、辞めようと考えていた時期もあった様子。活動開始当初は仕事を楽しめていたものの、同世代の女性たちが自由に遊んでいる姿を見て、羨ましくなってしまったそうだ。  前述の通り、池田は部活を3カ月で辞めており、その時も丁度モデルとなってから3カ月経った頃。やる気を失っていた彼女に声を掛けたのは、ぶつかり合っていた母親だったという。  母親から「また3カ月で辞めるんだ」、「また続かなかったね」と言われた池田は、この言葉に「カチンときた」そうで、母親への反抗心から、再度仕事に身を入れるようになったのだとか。  仕事に取り組む池田に対して母親は、かつてのようにサポートをしてくれていたとのこと。今となっては、心配や迷惑をかけ続けながらも、再起のきっかけを与えてくれた母親に感謝してもしきれないようで、2017年のクリスマスには車を贈り、母親を喜ばせたという。
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