先鋭的な市場原理主義者
―― 中島さんは『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)で、河野氏の政治家としての本質をあぶり出しています。
中島 私は縦軸に「リスク」、横軸に「価値」を置くマトリクスを用いて、河野氏を分析しました。縦軸の「リスクの社会化」とは、セーフティネットや再分配体制を強化するあり方のことです。これに対して、「リスクの個人化」とは、個人でリスクに対応する立場のことです。新自由主義や自己責任などがそうです。
他方、横軸の「リベラル」は、権力が個人の価値観に干渉しない立場のことです。「パターナル」は、権威主義や父権制といった観念で、自分たちの価値観を押しつけるあり方のことです。夫婦別姓やLGBT、少数民族の権利を認めないことなどがそうです。
河野氏は価値の問題に関してはリベラルを志向しています。たとえば、選択的夫婦別姓について、ブログで「選択的夫婦別姓に賛成です」と述べています。また、同じくブログで、中国が日本の総理の靖国神社参拝を批判する背景を丁寧に説明し、中国の主張も知った上で議論すべきだと説いています。
もっとも、彼は価値の問題は時々ブログで触れる程度で、それほど関心がありません。圧倒的に関心があるのはリスクの問題です。
これに関しては、河野氏は明確に「
リスクの個人化」を志向しており、小泉竹中路線よりも先鋭的な市場原理主義者です。河野氏は国家が民間の活動に介入することを批判し、たとえば羽田空港から国内線を飛ばすのか、国際線を飛ばすのかは航空会社とマーケットが決めることであって、国土交通省の役人が決めることではないと述べています。また、国家公務員や地方公務員を減らし、コンパクトな行政を実現すべきだと主張しています。国家が手厚い保護を行うことで競争原理が失われたというのが河野氏の考えです。そのため、彼は自民党が長年にわたって再配分を重視してきたことを問題視し、かつての自民党は左派的だと批判しています。
河野氏がワクチン接種を競い合わせたのも、競争原理を重視する新自由主義者的な特質を持っているからです。また、彼が脱原発を唱えていたのも、「原発村」を既得権益層とみなし、競争が阻害されていると考えたからでしょう。
もう一つ注目すべきは、河野氏の身代わりの早さです。河野氏は閣僚になるにあたって、持論である脱原発を取り下げました。権力を得るためなら自らの主張を簡単に封印することも、河野氏の大きな特徴です。彼はこの姿勢をプラグマティズムだと考えていると思いますが、多くの人の信用を失っていることは事実です。「信用」や「信頼」が持つ重要な価値が理解できていないのではないでしょうか。
―― 日経新聞(7月26日付)の世論調査では、次の首相にふさわしい人物として、河野氏が1位、石破茂氏が2位という結果になりました。河野氏は前回の調査より4ポイント下げたものの、依然として多くの支持を集めています。
中島 河野氏への期待感が高いのは、単に露出度が多いからにすぎません。接する回数が増えれば増えるほど好感度が増す「単純接触効果」が働いているのです。
これは石破氏も同様です。石破氏もメディアへの露出が多い分、支持率が高く出ているのだと思います。
しかし、河野氏と石破氏では政治家としての成熟度が全く異なります。もともと彼らはともに新自由主義政策を推進していましたが、河野氏が相変わらず新自由主義政策を進める一方、石破氏はこの10年の間に新自由主義から距離をとるようになり、格差の是正や、低所得者や子育て世代への支援を訴えるようになりました。
石破氏が立場を変えたのは、新自由主義政策によって疲弊した日本社会の現実を目の当たりにしたからだと思います。自分の政策が間違っていたかもしれないと思えば、それを正すことができるところが、石破氏の強みです。
その意味で、この10年は河野氏と石破氏にとって大きな分かれ道だったと言えます。二人とも次期首相候補ですが、石破氏のほうが圧倒的に総理の資格があると思います。
―― 総選挙が間近に迫っています。中島さんは保坂展人氏との対談本『こんな政権なら乗れる』(朝日新書)で、次期政権の目指すべき姿を論じています。
中島 重要なのは「安心」と「信頼」の問題です。「安心」とは、相手が想定外の行動をしないようにコントロールできている状態のことです。そのため、「安心安全」を追求する政府は、あちこちに監視カメラをつけたり、デジタル管理をすることで、国民の行動を把握しようとします。それに対して、「信頼」とは、相手が想定外の行動をとるかもしれないことを前提に、それでもひどいことはしないだろうと、相手に任せる姿勢のことを指します。
コロナ対策に関して言うと、中国がある程度コロナを制御できたのは、国民監視を強化したり、強制的に行動を抑制するなど、「安心」という機能を使ったからです。他方、台湾やニュージーランドは、国民と政府の「信頼」のもと、コロナをうまくコントロールしました。
この間、安倍政権や菅政権は中国と同じように「安心」を追求してきました。しかし、私たちが目指すべきは「信頼」に基づく政治です。日本は台湾やニュージーランドを参考に、国民と政府の信頼関係を修復すべきです。
―― 菅内閣は支持率を落としていますが、野党が次の選挙で政権交代を成し遂げ、「信頼」に基づく政治を実現することはできるでしょうか。
中島 私は今度の選挙は「さざ波選挙」になると考えています。もちろん自民党は議席を減らし、立憲民主党を中心とする野党は議席を増やすでしょう。しかし、国民は立憲民主党に政権担当能力を見出していないので、与野党の議席数が大きく変化するとは思えません。選挙直前に菅内閣が倒れるようなことがあれば、状況は変わってくるかもしれませんが、2009年に起こったような二大政党型の政権交代が起こることはないでしょう。
もし政権交代がありうるとすれば、1993年の細川内閣のような形になると思います。つまり、新党を含む多くの政党が連立政権を結成するということです。
1993年型の政権交代においては、参院選が非常に重要になります。細川護熙氏の日本新党は1992年の参院選で議席を獲得し、そこから新党ブームが起こったことで、翌年の政権交代を実現しました。現東京都知事の小池百合子氏もこの参院選で初当選を果たしています。
そのため、私は今年の衆院選よりも来年の参院選に注目しています。政界再編の芽が出るとするなら、この参院選がきっかけになるはずです。
<聞き手・構成 中村友哉 7月28日 記事初出/
月刊日本9月号>
なかじまたけし● 1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大仏次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞
げっかんにっぽん●Twitter ID=
@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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『月刊日本2021年9月号』
【特集1】結党六十六年 岐路に立つ自民党
【特集2】野党共闘の覚悟を問う
【特別インタビュー】河野太郎に総理の資格はあるか(東京工業大学教授 中島岳志)ほか
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