ニュース

事実上の安倍・麻生体制。人事と政策を握られた岸田首相<東京工業大学教授・中島岳志氏>

―[月刊日本]―

岸田首相はいかなる政治家か

国会議事堂―― 第100代首相に岸田文雄前政調会長が選出されました。中島さんは『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)で、岸田氏について分析していますが、岸田首相はどのような政治家だと見ていますか。 中島岳志氏(以下、中島) 政治家を分析する際には、右や左といったイデオロギーよりも、「リスクの問題」と「価値の問題」という視点から捉えたほうが本質を明らかにすることができます。そこで、私は縦軸に「リスク」、横軸に「価値」を置くマトリクスを用いて、政治家を分類してきました。 政治家マトリクス 縦軸の「リスクの社会化」とは、セーフティネットや再分配体制を強化するあり方のことです。これに対して、「リスクの個人化」とは、個人でリスクに対応する立場のことです。  他方、横軸の「リベラル」は、権力が個人の価値観に干渉しない立場のことです。「パターナル」は、権威主義や父権的といった意味で、自分たちの価値観を押しつけるあり方のことです。選択的夫婦別姓やLGBTQの権利を認めない人たちなどが、パターナルに分類されます。  まず、岸田氏のリスクに関する立場から見ていきたいと思います。岸田氏は『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社)で、アベノミクスに対する突っ込んだ批判をしています。アベノミクスが始まった当初、トリクルダウンが叫ばれ、大企業の業績が回復すれば、いずれ中小企業や非正規雇用の人たちの収入も上がると言われていました。しかし、実際にはトリクルダウンは起こらず、格差が拡大してしまったというのが岸田氏の議論です。  また、岸田氏は第二次安倍内閣の目玉政策であった異次元の金融緩和に対しても批判的です。日銀は2年以内に物価上昇率2%を達成すると言っていたが、いまだに実現できていないと述べています。  岸田氏は自民党総裁選でも格差の是正や中間層の復活を訴え、新自由主義から距離を置く姿勢を見せていました。そこから考えると、岸田氏はリスクの社会化を志向していると言えます。  一方、価値の問題に関しては、岸田氏の立場は曖昧です。選択的夫婦別姓やLGBTQの権利などについて態度を明確にしていません。2006年に小泉純一郎首相が靖国参拝を行った際には、首相が国のために戦った先人たちに敬意を表することには賛成だが、参拝するか否かについてはもっと配慮が必要だったと発言しています。では、どのような配慮があればよかったのか、それに関してははっきり述べていません。  唯一明確なのは、核廃絶の問題です。岸田氏は核軍縮に対する強い思いを持っており、日本は唯一の被爆国として核軍縮問題に取り組む「道義的な責任」があると述べています。岸田氏の選挙区が広島1区で、爆心地や原爆ドームを抱えていることが関係しているのだと思います。  そのため、やや曖昧なところはありますが、総合的に見ればリベラルを志向していると言っていいのではないかと思います。  以上を踏まえると、岸田氏はリスクの社会化かつリベラルのⅡに位置づけることができます。

海部内閣化する岸田内閣

―― 中島さんは安倍晋三元首相をリスクの個人化かつパターナルのⅣに位置づけ、安倍路線に代わる選択肢としてⅡのポジションをとる政治が必要だと訴えてきました。岸田氏がⅡの政治家であるなら、安倍政治からの脱却を期待できますか。 中島 それは難しいと思います。確かに岸田氏の著書や発言を真に受ければ、Ⅱに位置づけることができます。しかし、問題はそれを実行できるかどうかです。  過去の言動を見る限り、岸田氏はその時々の権力者になびく傾向があります。そのため、彼の政治行動には一貫性がなく、皮肉な言い方をすれば、ブレることにおいて一貫しているとさえ言えます。  たとえば、岸田氏は外相時代の2015年、自身が会長を務める宏池会の研修会で、「当面、憲法第9条自体は改正することを考えない」と発言しました。ところが、憲法改正を目指す安倍首相がこの発言に激怒したと伝えられると、一転、時代の変化に対応して憲法をより良いものに変えていくと述べるようになりました。  今回の人事を見ても、岸田氏がイニシアティブを発揮できるような体制にはなっていません。自民党副総裁に就任した麻生太郎氏や自民党幹事長の甘利明氏、自民党政調会長の高市早苗氏は、みな安倍内閣を強力に支えてきた人たちで、安倍氏と親しいことで知られています。これでは安倍内閣と何が違うのかわかりません。  いや、安倍内閣よりひどいと言ったほうがいいかもしれません。第二次安倍内閣では、良くも悪しくも、菅義偉官房長官が大きな力を持っていましたし、幹事長には安倍氏と距離のある二階俊博氏が就いていました。そのため、安倍一強と呼ばれてはいたものの、安倍氏が何でも自由に決められるわけではありませんでした。これに対して、岸田体制では菅氏や二階氏が権力の中枢から去り、安倍氏に歯止めをかける存在がいなくなってしまいました。その結果、安倍氏は安倍内閣時代よりも自由に振る舞えるようになったのです。  私は岸田内閣を見ていて、海部俊樹内閣のことを思い出しました。竹下登内閣がリクルート事件で倒れると、新たに宇野宗佑が首相になりました。ところが、宇野は女性スキャンダルが報じられたこともあり、直後の参院選で敗北します。その責任をとって宇野が退陣したあと、新たに総理になったのが海部でした。この内閣では、最大派閥だった経世会会長の金丸信と、経世会のオーナーである竹下が強大な権力を握りました。彼らの了解がなければ、海部首相は人事も政策もできないような状況だったのです。  これと同じように、岸田首相も安倍氏や麻生氏の了解を得なければ何も進められなくなる恐れがあります。安倍・麻生支配によって、岸田内閣が海部内閣化する可能性は高いと思います。
次のページ
ぱっとしない人事の狙い
1
2


gekkannipponlogo-300x93

月刊日本2021年11月号

【巻頭インタビュー】議会は民主主義の砦だ 衆議院議長 大島理森
【特集1】傀儡政権の耐えがたい空虚
【特集2】政治と一体化する警察
【特集3】原敬暗殺100年 いま原敬から何を学ぶか


テキスト アフェリエイト
Cxenseレコメンドウィジェット
Pianoアノニマスアンケート
おすすめ記事
おすすめ記事
Cxense媒体横断誘導枠