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3歳で両親との別離を決意…“149cm109kg”の脳外科医が「挫折を苦にしない」ワケ

「脳外科」を志した理由は…

 勉強の末、中学1年生のころから標的としていた医学部への入学を果たした。その後、無事に医師となったまあや氏が専門に選んだのは、脳外科。その理由は実に興味深い。 「臓器はどれも大切なものですが、機能を失えば瞬時に死んでしまう可能性があるのは心臓と脳です。この2つはスペシャリティが高いように私には思えました。一方で、心臓はどんな動物でも役割の大きさは変わりません。しかし脳に関しては、人間ほどその機能が大切になる動物は他になく、特に重要であると感じました。  開頭手術をして、脳という聖域に立ち入ることが許されるのは、脳外科という専門性の高い医師だけだという意識があったのだと思います。もしかすると、これまでどちらかといえば『枠のなかで波風立てないでどう生きていこう』と考えていた私にとって、聖域へ踏み込んで人命を救うという行為は憧れでもあったのかもしれません

激務の最中、頭によぎった「将来の自分」

 慶應義塾大学病院の脳神経外科に入局し、一般的な手術であれば4〜5時間、長いものでは15時間前後に及び、四六時中オンコールが鳴るような激務をこなした。 「世界的に著名な先生のもと、いろいろと指導を受けながら技術を学べたことは、私のなかで財産になっています。現在でも脳外科医として仕事ができているのは、一人前になるのに20年はかかるといわれる脳外科の素地を作っていただいたからに他なりません。  一方で、脳外科医として勤務する自分の人生の先行きもまた、見えてきました。定年まで関連病院を転々と異動して、定年後はアルバイトとして医師をやるかもしれないけど、ある日出勤しない私に気づいた人が孤独死している私を発見するんだろうな、とか。そうなると、『これからどうしよう』という思いがもたげてきました。  私は大学生のころにも世界のアートを見る旅に出るほど、美術の世界が好きでした。そこへ、ちょうどロンドンのセントラル・セント・マーチンズへの留学をする機会を得ました。同校はデザイナーはもちろん、多くの有名な映画監督や画家などのアーティストも輩出している、歴史ある伝統的芸術大学です」
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ままならない関係性に苛まれるよりは…
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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2023年11月30日まで、ラフォーレ原宿にて開催されている『愛と狂気のマーケット』にて、Drまあや氏が出店中。
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