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「時代が生んだ犯罪」の原因を考えるということ【鴻上尚史】

鴻上尚史氏『オウム事件 17年目の告白』をやっと読みました。  この本の中で、じつは僕が一番衝撃を受けたのは、上祐氏の文章ではなく、上祐氏が対談した写真家の藤原新也氏の話です。 「サリン事件後に、藤原氏は麻原の視覚障害が、あの水俣病の結果ではないかという仮説を立てた。麻原が熊本県八代市の出身で、水俣病の被害地域であること、そして麻原の撒いたサリンが、水俣病と同じように視覚障害をもたらすものだったからだ。つまり、麻原は『目には目を』の精神で、多くの人を自分と同じ視覚障害に導こうとした、というのだ」  そして、藤原氏は、麻原の長兄との面会に成功します。麻原は幼少から弱視でしたが、長兄は全盲でした。 「藤原氏は、自身の仮説を長兄にぶつけた。すると長兄は、『よくそこに気づかれましたな』と答えたという。そして、自分と麻原のために、水俣病の被害者認定の申請をしたが認められなかったこと、認定を求めて闘いを続けると共産主義者と見られて非難されるので諦めたこと、自分たち兄弟は初めは目がちゃんと見えていたこと、自分が捕ってきた、水銀に汚染された魚介類を麻原が好んで食べたので責任を感じていること、水俣病特有の症状である手足のしびれが当時はあったこと、などをいろいろと語ってくれたという」  藤原氏は、長兄が亡くなるまで発表できなかったのですが、僕はこの「仮説」を知りませんでした。  上祐氏が書くように、この仮説が事実かどうかよりも、長兄に強い影響を受けていた麻原が、「これが麻原の国家や社会に対する不信や反感を抱く原点になった可能性」があると思えるのです。 ◆知られざる仮説が根本の動機を解き明かす  そう考えるのは、なぜ、「地下鉄サリン事件」という残忍で無謀な事件を起こしたのか、根本の動機がまだ分かってないからです。  当初、強制捜査を延期させるためと思われました。ところが信者の証言から、麻原自身、事件を起こしても、強制捜査を逃れることは難しいと思っていたとが分かってきました。  そもそも、松本サリン事件で教団の関与が疑われ始めた時に、また、サリン事件を起こすのは、捜査のかく乱どころか、警察に対してより不利になると考えるのが当然です。  ハルマゲドンを自作自演した――という考えもありますが、なぜ、実行できたのかという一番の鍵が、 「もし、自分が国と社会に裏切られた『水俣病患者』だと思ってたら」と考えると難解だったパズルの最後のピースがはまる気がするのです。  現在の麻原は精神に変調をきたし(面会に来た娘の前で自慰をしたという事実が象徴的ですが)、まったく会話ができない状態です。このまま、死刑が執行されたら真相は完全に闇に放り込まれるのです。  同じように陰惨な事件を起こした「連合赤軍事件」の被告たちが死刑判決を受けながら、獄中で生き延び、著作や書簡集を出したのとは対照的です。  時代が生んだといえる犯罪は、その原因を考え続けることが、次の時代のために必要だと思うのです。 「なぜ麻原を盲信してしまったのか」は、「麻原は私のことを『菩薩』などと言って高く称賛した。弟子たちは麻原に誇大妄想的な自尊心を満たされ、自分でも気づかないうちに、麻原を信じたいと思う気持ちになっていた。つまり、正しいから信じるのではなく、自分を高く評価するものを信じたいという心理である」と書かれています。  これは正直な言葉だと感じます。 「麻原は自分が神の化身だと主張するだけでなく、弟子達も、自分に帰依すれば『解脱者』『超能力者』になれると説いた。これは、他の教祖にはあまり見られない特徴だった。信者は救われるだけではなく、自ら神に近づけるというのだ」  早稲田の大学院まで出て、小惑星探査機「はやぶさ」でやがて有名になるJAXAに就職までした人物が、「自己存在価値に飢えていた」と書きます。  いえ、エリートであるからこそ、常に競争にさらされ、自分が勝つか負けるかに敏感になるのでしょう。  この部分は納得できました。全体としては、まだまだ途中という感想です。一生をかけて、告白し続ける必要と義務があるのではないかと感じたのです。 <文/鴻上尚史> ― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
オウム事件 17年目の告白

教団のスポークスマンとして世間を騒がせた上祐史浩氏が今まで語れなかった真実を告白

不謹慎を笑え (ドンキホーテのピアス15)

週刊SPA!の最長寿連載エッセイ

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