チェチェン紛争を目にした日本人「僕の頭上で爆発が起きた」
4月15日、アメリカで起きたボストンマラソン連続爆破テロ事件で、チェチェン共和国出身の兄弟が容疑者として逮捕(兄は銃殺)された。
遠くアメリカにまで飛び火するチェチェン紛争の根深さを目の当たりにさせられたが、やはり日本にとっては想像もつかない世界であることは間違いない。
そこで、チェチェン義勇兵と政府軍の戦闘に巻き込まれた経験のある日本人に接触することができた。映画宣伝会社を経営するYさん(42歳)である。
時期は第一次チェチェン紛争勃発の前年である1993年。当時大学生のYさんは同級生2人とともに、ユーラシア横断旅行を敢行。新潟港から船でウラジオストック入りし、シベリア鉄道に乗ってグルジアへ入国した日のことだった。
「朝9時ぐらいでした。グルジアに到着し、カフェでモーニングを取っていたところ、男がバイクに乗ったまま近づいてきて何かを投げてきた。最初は新聞配達かと思ったんですが、投げてきたものは新聞ではなく何やら黒い物体。映画マニアだったので、とっさに『映画の場合はこの後、絶対にヤバいことが起きる』と判断し、『伏せろ!』と叫んだのです。案の定、頭上で爆発が起き、目を開けるとさっきまでコーヒーをついでくれていた店員が、顔半分吹っ飛んだ状態で動かなくなっていた」
おもむろにグルジア軍とチェチェン義勇兵が入り乱れ、町は一瞬のうちに戦場と化した。目の前で銃弾が飛び交い、負傷した義勇兵をグルジア軍の戦車が容赦なく踏み潰していく光景の中、Yさんたちは何が起きたのか把握できないまま茫然と立ち尽くした。
ただ、肝が据わっていたYさんは「当時バカだったので、『カネになるかも』と思って使い捨てカメラで狂ったように撮りまくった」という。
ほどなくしてYさんらはグルジア軍に拘束され、義勇軍の一味ではないかと訊問を受けることに。
必死に潔白を訴えた結果、グルジア入国記録を抹消され使い捨てカメラも没収、ロシアに強制送還となった。
Yさんの目に最も焼きついたのは、死を恐れぬチェチェン義勇兵の姿だった。
「何の武装もせずに二人乗りのバイクで戦車に立ち向かい、あっさりと撃たれて殺されていく。彼らはそうなることをわかっていながら、平気で突入していくんですよ」
月並みな表現ではあるが、いかに日本が平和であるか再確認させられるエピソードだ。
GWで海外旅行に出かける人も多いだろうが、出発前に現地のセンシティブな問題を把握しておくと、より安全な旅となるだろう。 <取材/エイブリー・ヤス>
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