TPPで日本の農業は崩壊するのか? 「いや、しない!」【経済ブロガー・山本博一】
連載16【不安の正体――アベノミクスの是非を問う】
▼日本の農業は崩壊してしまうのか?
「米国に追従し、農業で譲歩を重ねた秘密交渉――これで農家を、日本の国益を守ったと言えるのか!」
TPPが合意に至り、このような批判をネットやマスコミで見かけます。本当に日本の農業はTPPによって潰されてしまうのでしょうか?
私は「そのようなことはない」と断言します。
なぜなら、過去、オレンジの自由化によって「日本産のミカンが食べられなくなる!」とあれほど大騒ぎしたにもかかわらず、蓋を開けてみれば、日本産のミカンがなくなるどころか、以前より品種が増え品質も向上しているからです。
スーパーに行けば、関税で守られていない国産農作物がズラッと並んでいることに気がつくでしょう。関税がなくなれば日本の農業が壊滅するなんてことはありえません。
また、日本はTPP交渉においてアメリカに譲歩などしていません。TPP協定の内容をよく見れば、マスコミの言う「譲歩した」がまちがいであるとわかります。
▼これのどこが「譲歩」なの……??
TPPの関税交渉の目玉はなんといってもコメだと思いますが、コメについては無関税の輸入枠が設置されたのみで関税率は据え置きとなりました。しかも、その輸入枠は年間7万8400トン(米豪の合計)。これは日本国内で生産されるコメのわずか1%にすぎません。
たった1%のコメが自由化されただけで、日本のコメ農家がつぶれてしまうとか、マスコミは一体何を言っているのでしょうか? それに、このたった1%の譲歩が、「アメリカ追従」なのでしょうか?
マスコミの言う「譲歩」の基準もよくわかりません。ただ、豚肉関税については、「安い価格帯での1キログラム482円の関税を10年目以降に50円に引き下げる」としています。「これこそ大幅な譲歩じゃないか!」といった指摘もありますが、これも誤りです。豚肉の関税制度はそもそも畜産農家を保護しているものとは言えないシロモノだからです。
▼豚肉関税はそもそも畜産農家を守っていない
輸入豚肉にかかる関税には「差額関税制度」が採用されています。「差額関税制度」とは、基準価格547円/kg以下の輸入豚肉に対して、その差額分を関税として徴収し、基準価格以上の高級な豚肉については4.3%の関税がかけられるという仕組みです。
例えば、輸入豚肉の価格が200円/kgだった場合、基準価格である547円の差分347円が関税として上乗せされます。つまり、日本の畜産農家を脅かすことになる「安い輸入豚肉」ほど高い関税がかかることになるので、日本の畜産業の保護になる……というのがこの制度の目的、農水省の思惑でした。
ところが、この「差額関税制度」は畜産農家を守る役目を果たしていないのです。
豚肉を輸入する業者の立場で考えてみましょう。安い豚肉を日本に輸入すると高い関税が課せられるので、わざわざ安い部位(モモ、肩など)だけを輸入するようなことはしません。業者は安い肉と高い部位の肉(ヒレなど)を混ぜ、キロあたりの輸入単価を引き上げて「差額関税制度」によって発生する高い関税を逃れているのです。
この安い肉と高い肉を混ぜて輸入する手法を、「コンビネーション輸入」と呼び、当たり前のように横行しているのが現実なのです。
ちなみに2013年の豚肉輸入総額は3897億円です。そして、豚肉関税税収の総額は180億円。
180億円/3897億円=0.0461…
つまり、輸入豚肉の実質的な関税率は4.6%程度ということになります。この関税率は基準価格(547円/kg)以上の豚肉に課せられる4.3%の関税率とほぼ同じです。このことからもコンビネーション輸入が常態化していることは明らかで、「差額関税制度」はまったくと言っていいほど日本の畜産農家を守っていません。
守っていないどころか、コンビネーション輸入により価格の高い部位の豚肉が一緒に入ってきてしまうため、日本の市場を圧迫しているという指摘もあります。完全に農水省の思惑は裏目に出ています。
要するに、安い輸入豚肉は今でも堂々と大手を振って、日本に入ってきているわけなので、482円の関税が50円になったところでとくに影響はありません。
繰り返しになりますがこれって「譲歩」なのでしょうか? 日本にとって、痛くもないところを切り捨てただけのようにしか見えないのですが……。
▼アメリカで和牛ブーム到来なるか!?
「じゃあ、牛肉はどうなのだ? 牛肉の関税は38.5%から9%へと大幅に譲歩しているじゃないか!」と指摘する向きもあるでしょう。
しかし、9%への関税の移行には16年の猶予期間がありますし、その間に十分に対策は可能です。また、1991年の牛肉の輸入自由化によって「和牛」というブランドが確立し、安い輸入肉との棲み分けができました。
今の「和牛」を買わない層は、もし外国産の輸入関税率が引き上げられることがあったとしても、「和牛」を買う機会は増えないでしょう。私も正直手が出ません。関税を引き上げれば和牛が国内で売れるようになる、というイメージはありません。それよりも、安い輸入牛肉、高いけど美味しい国産牛肉。選択肢が増えることのほうが消費者にとっていいことではないでしょうか?
え? それだと日本の畜産業者を見捨てることになる?
いえいえ、決してそんなことはありません。TPP交渉により牛肉の関税を引き下げることになったのは日本だけではありません。アメリカも日本からの牛肉輸入に対する無税枠が大幅に拡大されています。
現行では日本からアメリカに輸出された牛肉は、200トンの枠内までは無関税、200トンを超えた分から26.4%という高率の関税が課せられています。
その200トンの枠がTPP施行後3000トンと一気に15倍も拡大します。さらに、15年後には6250トンにまで段階的に拡大されることになりました(環太平洋パートナーシップ協定「TPP協定」の概要 内閣官房TPP政府対策本部 より)
ちなみに2014年時点でのアメリカへの牛肉輸出量は153トンです。それに対して3000トン以上の無関税枠が設定されるのですから、実質的にアメリカの牛肉関税はゼロになったも同然だと思います。
これはアメリカで「和牛ブーム到来待ったなし!」なのではないでしょうか?
日本にとって痛くも痒くもない豚肉の「差額関税」を切らせて、骨(アメリカの牛肉関税)を断つ。安倍政権、および経済産業省の見事な交渉術が光ります。
さてさて、一体これのどこが「譲歩」なのでしょうか? マスコミさんは説明をお願いします。
■まとめ
・コメは全生産量の1%の輸入枠を認めただけ
・豚肉は実質的に機能していない「差額関税」を差し上げただけ
・逆にアメリカからは牛肉の関税撤廃を勝ち取った
・TPP交渉において日本はアメリカに譲歩などしていない
・TPP参加で日本の農業が崩壊することはない
【山本博一】
1980年生まれ。経済ブロガー。ブログ「ひろのひとりごと」を主宰。医療機器メーカーに務める現役サラリーマン。30代子育て世代の視点から日本経済を分析、同世代のために役立つ情報を発信している。近著に『日本経済が頂点に立つこれだけの理由』(彩図社)。4児のパパ
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ