「まるで宮崎駿のようだ」――46歳のバツイチおじさんは白く膨らんだ綿菓子のような髪型をなんとかしようと試みた〈第10話〉
突然、嫁さんにフラれて独身になったTVディレクター。御年、46歳。英語もロクにしゃべれない彼が選んだ道は、新たな花嫁を探す世界一周旅行だった――。当サイトにて、2015年から約4年にわたり人気連載として大いに注目を集めた「英語力ゼロのバツいちおじさんが挑む世界一周花嫁探しの旅」がこの度、単行本化される。本連載では描き切れなかった結末まで、余すことなく一冊にまとめたという。その偉業を祝し、連載第1回目からの全文再配信を決定。第1回からプレイバックする!
* * *
英語も喋れないのにたった一人で世界一周の旅に出ることになった「46歳のバツイチおじさん」によるズンドコ旅行記、今回も2か国目・フィリピン編です。前回、お金は結構かかったものの、新生銀行のカードを無事奪還することに成功したバツイチおじさん。今回は超スパルタ式な英語漬けの日々をバツイチおじさんがあの手この手でリポートします。そして、後半はまさかの急展開……。ハンカチをご用意してお楽しみください!
【第10話 一時帰国するかどうか本気で悩む】
スパルタ英語合宿も2週間が過ぎた。
全く英語をしゃべれないおっさんに、20代の女性の先生が7人がかりで手取り足取り教えてくれるのだが、とにかく疲れる。
一日中頭をフル回転させなければならないのだから当然である。
そんなフィリピンの先生から片言で聞き取った情報を元に、彼女たちの写真と性格もあわせて紹介しよう。「出没!アド街ック天国」の美女コレクションをイメージしながら読んで下さい!(BGMはPatti Austinの「Kiss」、歌詞が♪グッドガール~ って聞こえるやつ)
NA(ナレーション):リザはリーディングの先生、『クイズ ミリオネア』みたいにためを使って「コレークト(正解)」と言う。そして目をキラキラさせながら、「ゴッツー、ベリナーイスー」と言う。褒めて伸ばすのがうまく、いつも俺の鼻の下が伸びてしまう。
NA:一度寝坊したら部屋まで起こしに来てくれたラン
NA:稲川淳二のようなオチをつけて学校の幽霊の話をしてくれる黒魔術師のようなジー。意識低い系だがやるときにはやる。話のセンスがいい
NA:メルは文法の先生。初恋の時、好きな人と一つのイヤホンを二人で聞いたのが一番の思い出という純朴な人
NA:スピーキングの先生ジャセットは英語を教えた後、会計師の資格を取るために勉強している真面目な人格者。彼女とはすごく気が合い、いつも冗談を言い合う仲だ
NA:グループクラスの先生であるジムは、洋服やファッションの話が大好き。女生徒のファッションをよく褒める。ジム、俺はスラムダンクの福ちゃんと同じで、密かに褒められれば伸びるんだよ! もっと褒めて!!
NA:もう一人のグループクラスの先生であるマルは現在妊娠中で出産間近。フィリピン女性の結婚観を教えてくれる。俺の離婚の話に興味深々。カトリックの世界は離婚するのが難しく、大金がかかるためフィリピンではほとんど離婚がないという
NA:ポップソングクラスのフェイス。音楽が大好きでノリがメチャクチャいいお洒落な文科系女子。TOEIC900点以上の生徒も教えている。この人はモテるよ~。笑顔が素敵!
NA:以上、セブ島の美人先生コレクションでした。グッガ~ル♪
こんな美人で20代の若い先生と Sometime30代の先生が、一人のおっさんをビシバシ育ててくれている。
同じスパルタでも高校時代、鼻毛を出しながら竹刀を振り回していた日体大出身のバスケ部監督とは大違いだ。
英語をミスしても優しい笑顔で「オッケー」と言ってくれる。どんなに疲れていてもやる気は出る。外国人の彼女を作ると英語の上達が早い、そんな話もまんざら嘘じゃないと確信した。
彼女たちは本当に一生懸命。間に合わずやむなく宿題をやってないと、目を曇らせ悲しむ。そして優しくこう言う。
「ゴッツー、イッツ、オケー」
そう言われると本当に心が痛む。だからこそ逃げ場がない。
これが、新しい形のスパルタ教育である。
いまだかつて体験したことのない英語漬けの日々を送りながら、俺はあることを思い出した。
そういえば、俺は「世界一周花嫁探しの旅」に来てるんだ。
学校が始まって2週間、毎日11時間の勉強をしていたため、すっかり本来の目的を忘れていた。
とりあえず、46歳のバツイチおじさんは校内の可愛い娘をチェックし始めた。高校時代の放課後の教室、野郎同士で「誰が可愛いか?」を語り合った。あれと同じことを中年のおじさんが始めたのである。ただ、授業が大変でプライベートな時間がほとんどないため、全員をチェックする暇がない。
だが、千載一遇のチャンスを見つけた。
月末の金曜日に「ファンフライデー」という学校の行事がある。その行事は先生が主催し、英語を使ったゲームをする。その日なら、学生が一堂に会するので、効率的にマドンナを探すことが可能だ。毎日激務をこなしていたおじさんは効率を重視するのである。
そして、金曜日がやってきた。
俺はSONYのカメラα6000を準備した。世界中の景色を撮るために選んだミラーレス機だ。首からカメラをぶら下げ、仕事モードでファンフライデーに臨んだ。
音楽が鳴り、ファンフライデーが始まった。皆、楽しそうにゲームをしている。
「可愛い子、多いな~」
俺は写真を撮りまくった。途中からディレクターモードになり、可愛い子を見つけると「キャナイ ピクチャープリーズ?」と声をかけ写真を撮りまくった。
その時、一人の女性に釘付けになった。
超薄~い顔。
彼女の名はアナベル。
韓国人の24歳の女の子だ。
九州出身の俺の顔は、自慢じゃないがめちゃくちゃ濃い。
『とくダネ!』のコメンティターでもおなじみ、ショーンKと変わらぬレベルだ。
もちろん、あんなにイケメンじゃないけど。
俺は自分の顔と対照的な、日本ではあまり見たことのないアナベルの薄い顏をじっと見つめた。
中学時代、髪型をマッチカットにして己のモテキを体感した。しかし、高校時代に外来種の到来で俺は苦い青春を過ごすことなった。
そう、東山紀之に端を発したしょうゆ顏ブームである。
あの頃、顔の濃い男が多い九州は大分県に住む女性たちの間に衝撃が走った。
「薄い顔って素敵!」
ヒガシのせいで俺のモテキは瞬く間に終焉を向かえるわけだが、遺伝子レベルで自分より遠い血を求めた同級生達の気持ちが、同じ遺伝子レベルでわかった。
今回も構造的には同じだ。無駄に濃ゆい顔の俺は、薄口しょうゆ顔のアナベルにくぎ付けになった。
その時、少年隊の「君だけに」の歌詞が浮かんだ。
♪君だけに ただ 君だけに
ah めぐり逢うために
僕はさびしさとともに生まれたよ
俺は一目惚れした。
そうだよ。俺は恋をするため世界を旅してるんだ!
英語学習は手段であって目的ではない。
大切なことを思い出した。
週末。一週間分の洗濯、買い出しを終えた後、中学英文法やボキャブラリーの勉強をした。アナベルと英語で会話をするという新たな目標ができたのがでかい。
そして、久しぶりに鏡を見た。若い頃は前髪のポジションが気になってしょうがなかった。しかし、おっさんになると周りからどう思われようと関係なくなる。俺は今、鏡を見つめている。すごい心境の変化である。
しかし俺は、白髪交じりで膨張した髪型を見ながらあることに気づいた。
「まるで宮崎駿のようだ」
宮崎駿の作品には多大な影響を受けてきた。『風の谷のナウシカ』のナウシカなんてまさに好みのタイプである。彼の描く男性像も、『もののけ姫』のアシタカや『天空の城ラピュタ』のパズー、みな素敵だが、決して宮崎駿本人に似ていない。あくまでも彼が生み出したキャラクターである。
俺はある仮説をたてた。
「もしかすると、宮崎駿本人に似てるってことは、モテないんじゃないか?」
俺は、フィリピンのセブ島で床屋に行く決心をした。あまりイメージできないと思うが、海外で床屋に行くのには相当に勇気がいる。身の回りの外国人の髪型が微妙に日本人好みではないのを思い出して欲しい。
しかし、背に腹は代えられない。
白く膨らんだ綿菓子のような頭では、恋に支障をきたすに違いない。
俺はアヤラモールというショッピングモールの地下一階の床屋のドアを開けた。センスが良さそうな髪型のお兄さんを探すが、店中探してもそんな人はどこにもいない。中でもなんとなくセンスが近そうなおじさんが担当になった。もう、この人に賭けるしかない。
おもむろに髪型リストを手渡される。
リストをしばらく読み込むと、セブ島では横をバリカンで刈り上げ、上を伸ばすのが流行ってるようだ。
俺は、「ノー、ノー、ノーバリカン!」と言い、この髪型を断った。
この英語合宿で学んできたことを、今こそ発揮するときが来た。
俺は鏡越しに美容師を見つめ、流ちょうに指示を出し始めた。
「ヘアーカラー イズ ブラック!」
細かなイメージのすり合わせも忘れてはならない。
「サイド イズ ベリー ショート。バット、ノーバリカン!」
アナベルに嫌われないためにも失敗は許されないのだ。
俺は2週間で培った英語力をフル活用しながら、担当の美容師に細かく指示を出し続けた。
そして数十分後。
結果としてこんな感じに仕上がった。
もはや綿菓子感は微塵もない。
かなり若返った。
大成功である。
こうして俺は恋する男に生まれ変わり、月曜日の授業に臨んだ。
すると、この日から学校の先生の態度が急変した。
リザは「ゴッツー、ユアヘアスタイル、グッド」と言い目をキラキラさせていた。
リザだけでないラン、ジー、メル、ジャセット、すべての先生が妙によそよそしい。
そういえば、先生たちも20代前半の乙女。まさに恋する年齢だ。
髪型を変えた俺を生徒だけでなく男として意識しだしたのかもしれない。
学校の休み時間、韓国人女性グループだけでなく、台湾人女性グループも俺をチラチラみてヒソヒソ話をしている。
黒髪で若返る。それだけでここまで学園生活が変わるものなのか!
ここにいる他の国の生徒たちもまた俺と同じように厳しい英語教育を受けている。決して英語が堪能なわけではない。そんな環境だと見た目は男女を語る上での最高の言語なのである。俺はここで学んだ英語力を駆使して最強の言語を手に入れた。ありがとう美容師さん!
その日の夜、晩御飯を食べていると、日本人バッチメイトのYUKIが俺に話しかけてきた。
YUKI「ごっつさん、変な日本人の噂をまた聞きましたよ。なんか、先週末のファンフライデーの時、写真を撮りまくってる変なおじさんがいて、学校中で『その人は変態なんじゃないか』って噂が広がってるらしいですよ」
俺 「……」
嫌ぁ~な汗が出た。
俺は気づかぬうちに「変態」と思われていたのである。
そうか、美人教師や校内の女性たちが妙によそよそしかったのは、「あいつ、変なおじさんじゃね?」とヒソヒソ話をされてたってことだったのか……。
狭い校内で新参者の中年おじさんが写真を撮りまくってたら、そりゃドン引きするよな。
しかし、幸いにもYUKIはまだその変なおじさんが目の前にいるおじさんだとは気づいてなかった。
俺 「ふーん。そのおじさんキモいね。俺も先生にその人が誰か聞いてみよ」
俺は即座に揉み消した。
狭い学校でのネガティブな悪評は今後の学校生活にかなりの支障をきたす。
そうかそうか、黒髪にした程度で突然モテキが到来するわけなんてないのか……。
くよくよしてもしょうがない。切り替えこそが大切。
俺はさらなる猛勉強を始めた。
毎日、夜には脳がキャパオーバーでバグを起こす。
それでもボキャブラリーをガンガン詰め込む。
たった一ヶ月で英語を身につけるためにはそれくらいのことをしなければならない。
こんなに勉強をしたのは人生で初めてだった。
スパルタ式英語留学3週間目。この濃い生活になんとか慣れ始めきていた。
9時半の単語とイデオムのテストが終わり、甘いアイスカフェモカを飲んでいると、携帯に一本のLINEが入っていた。
弟からだ。珍しいなと思いながら、カフェモカを口に含み、メッセージを開いた。
「本日15時30分におばあちゃんがなくなりました」
一瞬頭が真っ白になった。
90歳を超えるおばあちゃん。
母は老老介護をしていた。
まず先におばあちゃんを失った母のことを考えた。
お母さん、大丈夫かな?
冷たいカフェモカの水滴が床にこぼれ落ちる。
俺は妹にLINEを送った。
俺「お母さん、大丈夫?」
妹「憔悴しちょん。心ここにあらずな感じやわ~」
俺は一人ドミトリーに戻った。ベッドに横たわり天井を見た。少し灰色のシミがある。
「おばあちゃん、小学校四年の時、ラジコン買ってくれたなぁ」
俺は生まれてから一度もおばあちゃんの怒った姿を見たことがない。
いつもニコニコ笑っていた。
俺はおばあちゃんを思い出しながらぐるりと反転し、うつ伏せになった。
「意外と泣けんもんやな」
そして、妹の「お母さんが憔悴している」というLINEの文字が脳内でリフレインした。
いつでも強い存在だったお母さん。
お母さんが強いのは、お母さんより強いおばあちゃんのおかげだということはわかっていた。
おばあちゃんがいなくなれば、お母さんの心のよりどころがなくなってしまう。
俺は悩んだ。
「旅を中断して帰るべきなのか?」
一年間は日本に帰らない覚悟を決めて旅立った。
旅を始めて一ヶ月も経たないうちに帰るべきなのか?
テレビ業界に入った時、一番初めに先輩に言われた言葉を思い出した。
「この業界に入ったからには、親の死に目に会えないという覚悟をしておけ!」
目標を達成するためにはある程度の犠牲が必要だ。
妹にLINE電話してみた。
俺「お母さん、どう?」
妹「我を無くして、おばあちゃんの側から離れんわ」
俺「…おじいちゃんの時と一緒やな」
妹「…うん」
俺「俺、帰ったほうがいいやろか?」
妹「…遠いやろう。無理せんでいいでいいよ」
電話を切った後、さらに悩み混乱した。
当初の旅の目標を取るべきか?
母の肩をそっと叩いてやるべきか?
Twitterでこんなことをつぶやき、眠りについた。
後藤 隆一郎 @ikirudakesa
Lungsod ng Cebu, Central Visayas
おばあちゃんが死んだ。悲しい。母が憔悴してる。一旦、帰るかどうか悩む。
翌朝、6時に目が覚めた。
朝ご飯を食べ、一時間目の授業を受ける。
完全に心ここにあらずだった。
一限の授業が終わり、休み時間にFacebookを見てみるとコメントが入っていた。俺のFacebookはTwitterと連動している。バスケ部の日高からだ。高校時代、ポイントガードのポジションを争った冷静なやつだ。
日高「りゅうちょう、帰るべきやと思うよ」
日高は2年前に母を無くしていた。バスケの試合の時にいつも日高のお母さんがチームメイトにサランラップでキャンデイのように巻いたサンドイッチを作って来てくれた。俺らはそのサンドイッチがすげー楽しみだった。日高は母が亡くなった時、まず一番にバスケ部のことを思い出し、報告してきてくれた。
人の死についてSNSで発信するのは難しい。
だが、そんな日高が言葉をくれた。その言葉はスゥーッと胸に入った。
さらにバスケ部の二村からメッセージが入った。身長178センチしかないのに、大きな相手と戦ったセンターだ。
二村「何ぐずぐずしちょんのかえ?とっとと帰れよ!」
俺はそのまま、学校スタッフの元へ向かった。
事情を話し、飛行機をネットで予約した。
パスポートと金だけ持って飛行機に飛び乗った。
大分に到着すると葬式が始まっていた。
俺は妹の用意してくれた喪服に着替え、式場へ向かった。
中に入ると、髪の毛がくちゃくちゃになったお母さんの後ろ姿がみえた。
ちゃちゃくなり、一点を見つめ、ピクリとも動かなかった。
俺はお母さんの頭をポンと撫でた。
お母さんは俺を見て気丈な表情になったが、すぐに息子を頼るような眼差しに変わった。
「…ありがとう。帰ってきてくれたんやな。…ありがとう」
お母さんは顔をくしゃくしゃにして泣いた。
ここ数年、お母さんは自分の母の病気や苦悩と向き合ってきた。
とても繊細な人だからおばあちゃんの微妙な気持ちをずっと察し続けてきたんだろう。
おばあちゃんは数年前に脳溢血で倒れたが、大正時代の女性は逞しかった。
90歳を超えても毎日ジャージに着替え、リハビリで歩行訓練をし、頭がボケないよう「グーチョキパー、グーチョキパー、一、十一、二十二、三十三…」と手指運動をしていた。
お母さんは73歳にもかかわらず毎日2時間かけておばあちゃんのところに向かった。
強くて明るい母はリハビリセンターでも他のおじいちゃん、おばあちゃんだけでなく、職員からも「のりこさんが来た!」と喜ばれるほどの人気者だった。
「おばあちゃん、今日も頑張ったな~、えらい」
頑張ったおばあちゃんを優しく褒めてあげ、元気づけていた。
きっと母もおばあちゃんから、そうやって育てられてきたのだろう。
死やボケへの恐怖と戦うおばあちゃんを励ますには、相当なエネルギーが必要だった。
おばあちゃんが倒れてから母の髪の毛は薄くなり、かなり老いてしまった。
そんな母を見て、おばあちゃんは
「私に生きる価値はあるんやろうか。申し訳ない…」
と、悲しんでいた。
繊細な母はおばあちゃんの気持ちを痛いほど察していたはず。
そんなとき、母は気丈に振る舞ってこう言った。
「おばあちゃん、なに弱気なこと言いよんのかえ、さぁお化粧するよ」
毎日の口紅を塗ってあげ、お化粧をし、髪の毛を梳かしてあげていた。
そのおかげで、おばあちゃんは他のリハビリをしてきるお年寄りの中で誰よりも、格段に綺麗だった。
優しく繊細な母は、おばあちゃんが何をすれば本当に喜ぶのかが潜在的にわかっていた。
「おばあちゃんが、今日、ごはん粒、残さず食べたんよ」
母は、おばあちゃんが大好きだった。
おばあちゃんも母が大好きだった。
それだけで十分である。
お母さんが大好きな俺にはそれが痛いほどわかった。
俺はお母さんが死んでしまったらどうなるんだろう?と、一瞬イメージしかけたが辞めた。想像を絶する恐怖で心の闇が支配されそうだから。
おばあちゃんは死んだ。
お母さんの悲しみは深すぎる。
安っぽい言葉は不必要だと一瞬で察した。
俺は母の背中を優しく撫でた。
触ってみると、大きくて強いお母さんは本当に小さく、立っているのがやっとだというのがわかった。
母は体を震わせ泣いていた。
泣いている母を感じ、俺も少し泣いた。
おばあちゃんの遺体を見た。
ちゃんと綺麗にお化粧がされ、綺麗な死に顔だった。
そこにいたのは、リハビリで頑張っているおばあちゃんではなく、小さい頃にラジコンを買ってくれたおばあちゃんだった。
初孫の俺はとっても可愛がってもらった。
俺 「おばあちゃん、ラジコン買っていい?」
おばあちゃん「どれが欲しいかえ? じゃあ、一緒にトキハに行こうな」
おばあちゃんはあの頃のように、優しく微笑みかけてくれてるように見えた。
でも、おばあちゃんに触ると、やはり冷たかった。
すると、目から大きな涙が溢れてきた。
俺「ありがとうな、おばあちゃん。もう頑張らんでいいんで。少しは休みよな」
おばあちゃんにお礼を言い、手を合わせた。
「おばあちゃん、ラジコン買ってくれてありがとうな」
俺はお母さんと一緒におばあちゃんの骨を拾った。
その夜、母とおばあちゃんの思い出について語り明かした。
「人の喜ぶ顔を見て、我が喜びとしなさい」
おじいちゃんがよく口にした家訓だった。
だが、おばあちゃんから、その言葉を一度も聞いたことがない。
おばあちゃんはそんなおじいちゃんを影でそっと支えていた。
その生き方がその言葉を体現していた。
きっと、おじいちゃんのことが大好きだったんだろう。
「おばあちゃん、おじいちゃんとあの世でもう一度幸せに暮らしてな」
大好きなおばあちゃんは、本当に理想の夫婦のあり方を俺に教えてくれた。
そして翌朝、俺は飛行機に飛び乗り、セブ島に戻った。
いつか俺も理想の夫婦になれるよう、
「世界一周花嫁探しの旅」を再開するために。
次号予告「たった1か月で英語学校を無事卒業できるのか!? アナベルとの恋の行方は!?」を乞うご期待!
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ