自衛隊の航空機はなぜ危険な訓練に挑むのか?
「自衛隊ができない30のこと 21」
北朝鮮の軍事的脅威は日に日に増していくばかりです。このままいけば、我が国全土を標的とする原水爆攻撃が可能となる日もそう遠くはないでしょう。米軍も自衛隊も、さらなる厳しい訓練を求められる状況になっています。米軍は2017年12月28日付で軍事演習の情報公開を制限しましたが、これにより北朝鮮への心理的圧力だけでなく、演習・訓練がさらに深化、特殊化するのだと考えられます。
さて、昨今、自衛隊機の航空事故などが相次いでいます。実際に落下物があったのかどうか疑問の残る事例もあるようですが、ともあれ航空事故は起こってはならないことに違いありません。航空機事故はパイロットや乗員の生命を奪うことも多く、さらに、落下した場所によっては周囲にも甚大な被害をもたらします。
しかし、民間航空機と違い、自衛隊機は天候がよく風のない安全な日にだけ飛行するわけではなく、常に同じ航路を飛ぶわけでもありません。必要に応じて、夜間の全く光のない山野や海上を飛ぶこともあります。日本は電力供給のために電線が張り巡らされているため、その電線に少しでも触れればヘリは簡単に墜落してしまいます。さらに、自衛隊の航空機やヘリは飛ぶだけではなく荷物を降ろしたり人を釣り上げたり、様々な作業をします。つまり、自衛隊のパイロットは悪条件の中で難易度の高い飛行訓練があるということです。
例えば、民間航空機が夜間飛行をする場合、天候が良ければ、着陸する滑走路や進入経路は地上の建物や滑走路誘導路灯、滑走路灯の光でわかりやすいものです。航空機のルートも航空法などで定められている、電線などよりも高い高度を飛びます。しかし、自衛隊機は、そういった整備された空港以外でも離発着しなければならず、定められた航路や高度以外の飛行を余儀なくされる場合も多々あります。敵の目を誤魔化せる夜間訓練も必要です。難しくとも、危険でもフライトしないと済まされないのです。
それでは、ヘリの夜間の艦艇への離発着がどれほど難しいものなのかを見ていきましょう。
月明かりがない夜や濃霧の場合、視覚ではどこが水平線なのか全くわかりません。よって、航空機の姿勢を維持するための確認は、航空機の姿勢を見る計器や高度計、昇降計、スピード計、旋回計などの計器に頼ることになります。重力も重要な体感センサーではありますが、そもそも航空機に乗っている段階で重力が日常とは異なります。外の状況が見えない状況の中で旋回、降下または旋回、上昇という複合操作となり、さらに風による動揺が加わると計器と重力の体感との間にギャップを感じるようになり、計器を信じられなくなって上下左右がどちらかもわからなくなることがあるそうです。これが空間識失調症(バーティゴ)です。航空機で姿勢や安全な高度が維持できなければ海に突っ込んでしまうのです。
そういう夜の海での発着艦はとても難しいものです。地上の空港の滑走路と違い、艦艇への着艦は船がじっとしてくれません。また、着艦時の速度・進路は一定であっても、波浪による揺れはコントロールできないのです。さらに、護衛艦には船を守るためにファランクスなどの兵装や艦橋アンテナなどの背の高い構造物があり、その構造物を避けて狭い飛行甲板に機体を納めることが必要になります。これが視界の悪い夜であれば、どれだけの練度が要求されることでしょうか。
夜間訓練がどれほどの危険と隣り合わせであるかがおわかりいただけたかと思います。
空間識失調――平衡感覚を喪失した状態。バーティゴ(vertigo)とは?
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おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot
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『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』 日本の安全保障を担う自衛隊員が、理不尽な環境で日々の激務に耐え忍んでいる…… |
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