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再度の“戒厳令”で煽りを受ける者たちへの十分な補償が必要だ/鈴木涼美

1月7日に東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、13日に大阪府、兵庫県、京都府、愛知県、岐阜県、福岡県、栃木県の7府県に緊急事態宣言が発出。20日からは首都圏の各路線が最大で30分程度終電時刻を繰り上げることが決定した。
鈴木涼美

写真/時事通信社

ラプンツェルでGO/鈴木涼美

 送りの車が出ない小さめの飲み屋で働いている女の子には、昔から終電上がりという勤務形態があるし、新宿など大きい駅の近くに午前0時頃に行くと「もう終電がない」とか「今行かないと終電がなくなる」とかいう台詞を含んだ男女の駆け引きが見られるし、SPEEDの歌詞には「終電近づくホームで初めて肩抱かれた時」という名フレーズがあるし、漫画『NANA』は主人公の彼氏が終電を逃したせいで浮気に走るというエピソードがあるし、この国の多くのドラマチックは鉄道や地下鉄の時刻表によって生み出されてきた。  別に恋の駆け引きのためにあるわけでも、みんなの健康と素行のためにあるわけでもなく、単に地下鉄の保線作業のためにある夜間休止のシステムに従って我々は生活を設計し、逆手に取ったデートの計画を練る。  微妙な戒厳令である緊急事態宣言なるものが再度発出されたことを受け、大手鉄道会社が20日から、終電の繰り上げを実施する。夜間の外出自粛を呼びかけている国や都の意向を反映した形で、『シン・エヴァンゲリオン』の公開再延期を除くと、個人的にも今回の緊急事態宣言において目玉となるニュースである。  日本の高度経済成長期以降の満員電車の風景は海外の地理の教科書などでも紹介されるお馴染みの光景で、特に自家用車の保有率が比較的低い都心部で人は、生活や移動を電車を中心として回してきた歴史がある。痴漢も、中吊り広告も、女性専用車両論争も、立ち食い蕎麦も、シンデレラ・エクスプレスも、地下鉄サリンテロも、電車社会ならではの文化や犯罪だ。  コロナ対策としては、「密」を避ける方針と、外出をとにかく抑制させる方針が、政策によってバラバラになっている感は否めない。外出を厳密に禁止しないなら、せめて時間帯を散らす方が理にかなっているし、店舗や電車の営業を短縮する措置は当然それと逆行する。  個人的にはGoToキャンペーンのゴリ押しを特に悔やまず謝らず正当化したいならば、都心部の日中に集中した人混みを地方や夜間に散らす方針をそのままゴリ押すのも手だったような気はするが、そういった論理を今更求めてもしょうがない。現状必要なのは再度の戒厳令で煽りを受ける者たちへの十分な補償を声高に宣伝することだろう。  ウイルスの感染者グラフがたとえ落ち着いても、別の理由で死を選ぶ人が増えては元も子もない。家族が病気に殺されるよりは自死した方がマシと思う人はいない。  多くの人が、発出や解除の条件がいまだによくわからない宣言に振り回され、自粛要請に縛られ、この世で最も堪える移動の自由の制限に苦しめられている。  今できるのは、終電近づくホームで初めて肩抱かれた時に急に泣き出すようなドラマチックは、そもそも多くの一般人が意識すらしない保線作業の都合による移動や時間の自由の結構厳しい制限があって初めて生み出されたことを思い出し、理にかなわない国のお達しによって新たに生み出されるドラマチックを注意深く拾い集めて味わうことくらいだろう。  終電の時間が変わったことを失念したが故に生まれたロマンスを、数年後に思い出して歌にしたためるくらいしか、今のこの世界を生きていて楽しいものにする手立てはない。 ※週刊SPA!1月19日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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