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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第6章:振り向けば、ジャンケット(23)

「どうですか、決めてくれましたか? 年内までにだいたいの人事を整え、そういう名前にはならないかもしれませんが、新年からはジャンケット部門を発足させたいのですよ」

 と電話の向こうで高垣が言った。

 リゾートJJというのは、もともとパチンコ・ホール大手の経済研究所だったところだ。

 日本でもカジノ解禁が確実視された8年ほど前に、出資者にゼネコン大手・不動産大手・メディアの数社を加え、社名を変えてパチンコ臭を消してから「IR」誘致のコンサル会社に特化した。

 この年(2018年)になって、やっと『特定複合観光施設区域整備法(=IR整備法/カジノ設置法)』が国会で成立したので、その活動が急に活発化している。

 法案成立の8年も前から活動していた、と驚いてはいけない。

 三井物産戦略研究所などは、日本でのカジノ公認化を喫緊の課題として、20年も前から研究を積み重ねてきた。最近になって「IR参入」などと言っている企業や自治体は、10周回も20周回も遅れたところを走っているのである。

「でも『IR設置法』ではジャンケットは禁止、となっていますよね。わたしなんか出る幕がないじゃないですか」

 PCのスクリーンで、広域指定暴力団二次団体の「理事長」・横田の賭博実績を調べながら、都関良平(とぜきりょうへい)はつづけた。

 すぐに横田のベット履歴がスクリーンに現れた。

 悪くない。

 平均ベット・5万HKDといったところか。日本円にすれば、一手75万円である。

 このハウスのジャンケット・ルームでは中間値あたりなのだが、横田はテーブルに坐っている時間が長くて、ひと滞在で10億円から20億円相当のローリングをはじき出していた。

「これまでの法案成立への討論をみていると、打ち手のゲーム賭博の勝ち金には課税されることになっていますよね。スロットでのジャックポットならともかく、BJ(ブラックジャック)やバカラでの勝ち金に課税するなんて、そんなバカなことをやっている国は、世界中にない。おまけに、おそらく100万円以上のドロップ(=バイ・イン)は、国税に報告されるようになる。そんなカジノに日本国内の大口の打ち手が行くものでしょうか。すくなくともうちの顧客で『行く』と言っている打ち手は一人もいない。日本にカジノができても、連中は相変わらず、海外のカジノに出掛けるそうですよ」

 と良平。

「それはそうなんですけれど、あの法案には7年後に見直す、という文言をわざわざ入れてあります。つまり7年後には、カジノの設置数・ジャンケットの扱いともに、書き換えられるはずです。それにホンネはどうあれタテマエ上は『海外からの観光客誘致』なんです。『観光立国』の戦略のひとつに位置付けられています。海外からも大口の打ち手を誘致する方法を考えなくてはならない。それも、いわゆるジャンケット業者を排除した上で、です」

 と高垣。そんなことがはたして可能なのだろうか? (つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(24)

第6章:振り向けば、ジャンケット(22)

 都関良平(とぜきりょうへい)は、自分が仮眠する部屋の手配をした。

 再び5Fに呼び戻される前に、すこしでも睡眠をとっておきたい。

 オフィスには、横になれる長椅子もあったが、なによりシャワーを浴びたかった。手間が掛かる客がいると、建物の外に出てはいないのに肌に脂の被膜ができた。

 年間の契約でこのホテルの宿泊用3部屋は、常に『三宝商会』が押さえている。

 しかし宮前・百田・小田山にひと部屋ずつ振り分けたから、自分の分はなかった。

 こういう場合は、他のジャンケット業者が押さえているものの中で、空いている部屋を回してもらうのである。

 これは「持ちつ持たれつ」の仕組みになっていて、他のジャンケット業者からの要請があれば、『三宝商会』の空いている部屋を回すこともあった。

 それゆえこのカジノ・ホテルには、一般客が宿泊予約をすることはなかなか困難なのである。なにしろ客室の90%以上は、年間を通してジャンケット業者たちが押さえている。ジャンケットと、ハウス直営のプレミアムのいわゆる「VIP・プレイヤー」ばかりの宿泊客となってしまうのだった。

 グラウンド・フロアにある一般客用のゲーミング・フロアには、一応バカラ卓が十数台置かれてあったが、このハウスが「大口専用」と呼ばれるゆえんだった。

 そして「大口専用」であるゆえ、ワケありの打ち手たちは好んでこのハウスを使う。情報が外に漏れづらいからだった。金正男などは、その好例だったのではなかろうか。

 携帯が鳴った。

 宮前たちがもう「お代わり」を溶かしてしまって、再度の「お代わり」なのだろうか。

 番号を確認すると、東京からだ。

「はい、都関です」

「わしだ。明日から行く。よろしく」

 広域指定暴力団の二次団体の理事長の声である。


 ちなみに関東の大手暴力団では、関西でいう「若頭」の役職を「理事長」と呼ぶところが多かった。

「かしこまりました。横田さんお一人ですか?」

「連れがいるが、同じ部屋でかまわん。大きめのスイートにしてくれ」

「今回はいかほどのフロント・マネーとなるのでしょうか」

「いつもと同じだ」

「お振り込みを確認しておきます」

「いや、キャッシュでもっていく」

 ここ数年は、1億円程度ならキャッシュで持ち込む者たちが増えた、と都関良平は感じる。

 日本での決済を嫌うからなのだろう。

 ある闇金融事件の摘発に絡み、日本での決済情報がカジノ・ハウスを通して国税に流れてしまったことがあった。

 それ以降、オモテに出せないカネで博奕を打つ者たちは、日本での決済を嫌う傾向をもつ。

 マネロンがやかましく言われるようになってからは、もちろん銀行振り込みもできない。当局に報告されてしまうからである。

 だから皆さん、重いのに直接ハウスに現金を持ち込むようになった。

 送迎のリモ(=リムジン)の確認をして、横田の電話が切れると、すぐにまた携帯が鳴った。

「リゾートJJ社の高垣です」

 こいつはちょいと厄介だ。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(23)

第6章:振り向けば、ジャンケット(21)

 上海東鼎投資グループ会長・邵東明(シャオ・ドンミン)の10億人民元(170億円)、および中国のスマホメーカー・金立(ジオ二―)の創業者による100億人民元(1700億円)といったキリのいい数字で負けが確定するのは、ジャンケット業者が打ち手に与えるクレジット・リミットとの関係である。

 3日で170億円の負けという上海の「紅頂」の方はどうあれ(これもすごいが)、しかし1700億円ものクレジットを最初から一人の打ち手に与えられるジャンケット業者なんて存在するわけがなかった。どんな大手業者であっても、それは無理だ。

 以下の状況が都関良平の頭の中で浮かぶ。

「下げ銭」なしの手ぶらでサイパンのハウスに現れた金立の創業者は、10億人民元のオリジナルなクレジットを、あっという間にバカラ卓で溶かしてしまったのだろう。

休暇はまだ数日残っていた。

 彼は、新たなクレジットを、ジャンケット業者に要求した。

 大手のジャンケット業者は、いわゆる「鯨(ホエール)」と呼ばれる超大口の打ち手たちの資産状態を正確に把握している。それを調べる専門の調査会社があるのである。

 この人なら、テッパン。

 ジャンケット業者は更なる10億人民元のクレジットを与えた。

 これもバカラ卓であっさりと溶ける。

 もうこうなってくると、ジャンケット業者にとっては安全領域に入ったのも同然だった。蟻地獄に落ちた蟻である。

 賭場(どば)では、「眼に血が入った」打ち手には、けっして回復が望めなかった。

 打てば打つだけ、堕ちていく。

 なぜそうなるのかを知らないのだが、必ずそうなることを都関良平は経験から学んでいた。

 金立の創業者は、もっとクレジットを要求した。

 ジャンケット業者は、どんどんと貸し出す。

 これが、ひと滞在で100億人民元(1700億円)を負けたという信じ難い話の舞台裏だったのだろう、と良平は想像した。

 それでは、なぜクレジットを100億人民元で止めてしまったのか?

 これは、貸したカネの回収能力と関係するのだ。そこいらへんまでなら、なんとかなるだろう、という経営側の判断である。

 100億人民元などという途方もない博奕での貸し金を回収するのは、そもそも困難だ。

 ライセンスを持つ大手カジノ事業者なら、巨万の富を有する「鯨」賭人相手であったとしても、せいぜい30億円あたりまでしか貸し出さないはずだ。

 業界で話題になったトミー・スハルトの例でもわかるように、まず取り立てに失敗し、焦げ付かせてしまうからだった。

 ところが、一部のジャンケット業者は、そのリスクを厭(いと)わなかった。だから、どんどんと貸し出す。

 取り立てに自信があるからである。

 その取り立ての方法は、とても人に言えないようなものまであった。

 自分も同じ業界に属するのだが、いやはや良平には眼を背け耳を塞ぎたくなるような極悪非道、えげつなくも鬼畜な世界が広がっていた。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(22)

第6章:振り向けば、ジャンケット(20)

 都関良平がオフィスに戻ると、優子はすでに居なかった。  今日は戻れない、とのテキスト・メッセージをリリーの携帯に入れる。  宮前と百田が、本日の勝負での敗北を認め、部屋に引き揚げるまで良平はオフィスで待機していなければ […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(19)

「オーストラリアのハウスの話なのですが、『客がネクタイを締めスーツを着込んでいたら、裁判所帰りだと思え。職員が高級車とかクルーザーを買ったら、不正を疑う』と新人教育のときに教えられるそうです。もちろん、疑われて調査される […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(18)

「打ち手対ハウスの二元論で考える人たちは、カジノ経営の基本構造がわかっていないのでしょう。いや、自分の負けを認めたくないために、それを考えないようにしているのかもしれない。もしディーラーが次手の勝ち目を操作できるものであ […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(17)

 ケイジ内に設置された現金識別機の具合が悪いのか、それとも数が合わないのか、3000万円分のはずの日本円紙幣を、職員が何回も機械に入れ直していた。 「打ち手対カジノ・ハウス、の単純な二元論で考える人たちが多いですから」 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(16)

『天馬會』のケイジの前で、デパートの紙袋を下げた宮前が待っていた。  百田(ももた)が宮前の横で、不貞腐れ顔で煙草をふかしている。 「あれっ、もうやられちゃたのですか?」  と、残念そうに都関良平が訊いた。 「同情してい […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(15)

「それからは、ちいさな上がり下がりがあっても、日本経済は凋落の一途だ。バブル期にため込んだオモテに出しづらいカネをどうやって日本から逃がすのか。それが資産家たちや裏社会の大きな課題となった」  と都関良平はつづけた。 「 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(14)

「わたしがマカオに送り込まれたのは、もう20年近くも昔になる。公式的な辞令ではS銀行の香港支店勤務だ。一応、支店の外為課長の肩書はついていたのだが、主にやらされていたのは、日本ではオモテに出しづらいカネを海外に動かすこと […]