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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第5章:竜太、ふたたび(15)

「竜太さんが行かないのなら、わたしは行きます。ランには乗れ、ツラには張れ。ギャンブルって、そういうことなんでしょ」

 みゆきは、カラー・チェンジされたピンクのチップを、ぴしりっとプレイヤー側を示す枠内に叩きつけた。

「初手から、モンキー(=500ドル・チップのこと)かよ」

 いい根性である。

 勝敗はともかく、行くべきところで行く。

 日本の伝統的賭場(どば)では、これを「行き越し」と呼んでいた。

「ノー・モア・ベッツ」

 の声がかかり、卓上でディーラーが両手を左右に振る。

 そしてディーラーは、シュー・ボックスからカードを抜いた。

 プレーヤー側一枚目が6、バンカー側一枚目が4。

 プレイヤー側二枚目は9で1点下げた。

 ここで、

「サンピンッ!」

 の竜太の気合い。

「ねえ、なにが起こっているの?」

 とみゆき。

 ディーラーは機械的にバンカー側二枚目のカードを起こすと、これは絵札。

 プレイヤー5対バンカー4の持ち点。

「みゆきの方が若干有利になってる」

 掌を突き出し、ディーラーの動作を止めると、竜太はみゆきに説明した。

「ここでプレイヤー側の三枚目が、1と8・9・10および絵札なら、そこで勝負は終了。バンカー側に三枚目のカードは配られない。したがって、三枚目が1ならプレイヤー勝利。8なら敗北。9でタイ。10と絵札ならプレイヤー勝利。枚数を数えてみりゃわかるだろうけど、プレイヤー側が優位に立ってる。バンカー側の持ち点は4だから、いまの状態が『4条件』と呼ばれる。『条件』ってのは、バンカーに三枚目のカードがあるかどうか、ってことなんだが」

「じゃ、プレイヤー側が三枚目で、2から7が配られたらどうなるの?」

「2・3・4ではプレイヤー側の持ち点が高くなるので、まず負けはない。5はブタでアウト。6・7では持ち点が1・2になってしまうので、まあ負けるんだろうな」

「よくわからない。バカラって、ルールが難しい」

「『条件』がつくのは、バンカー側の最初の二枚の合計が3から6の時だけだ。それさえ覚えちゃえば、バカラのルールは簡単さ」

 そう、カジノで「複雑なゲーム」は採用されない。

「複雑なゲーム」では、経験や技量をもった者が勝つからである。

 竜太が、オープンと眼で合図を送ると、ディーラーはプレイヤー側三枚目のカードを、シュー・ボックスから抜き出した。

 これが絵札で、「4条件」ゆえバンカー側に三枚目のカードの権利は消滅し、クー(=手)終了。

 5対4で、プレイヤー側のあっけない勝利だった。

 ディーラーが、みゆきのモンキー・ベットにモンキーの勝ちチップをつける。

「へえ、これでまた500ドル。通算成績が11勝4敗になったよ」

 みゆきが勝利したのは喜ばしいことなのだろうが、しかし竜太の心の中は悶々としていた。

 やはり、1600ドルで行くべきだったのだ。

 ランには乗れ。ツラには張れ。

 反省・後悔が、バカ・アホと竜太を責める。

「じゃ、また」

 と、みゆきがプレイヤー側の枠内にピンクのチップを押し出した。

 4目(もく)のPヅラが起きて、それを100ドルからのダブル・アップですべて取った。1500ドルの気持ちいい勝利。

 しかし怖気づき、次手を「見」で休んだ。

 5目めもプレイヤー側の楽勝。

 ツラはまだつづいていた。

 でも、もう行けない。

 ここで自分が行くと、ツラが切れる。

 まったく「科学的」ではないのだが、そうなるのだ。

 これまで竜太はそういった例を何度も経験していたし、また見物してきた。

 賭場(どば)では、これを「飛び込み自殺」と呼ぶ。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(16)

第5章:竜太、ふたたび(14)

 躊躇(ちゅうちょ)したら、引く。

 新宿歌舞伎町の裏賭博で、竜太がずっと用いてきた戦法である。

 確信をもった手でも、負けてしまう。

 負ける予感がした手なら、まず負ける。

 なぜだかはわからない。しかし賭博では、「良い予感」のそれはどうあれ、「悪い予感」の的中率は異常に高かった。

 これも「賭博の不思議」である。

 バカラのいいところは、好きな時に「見」ができる点だ。

 いや、ルール上はBJ(ビージェイ=ブラックジャック)でも「見」をしても構わない。

 しかしBJではボックスが空くとカードの配られ方が異なってしまうので、「見」をされるのを嫌がる打ち手たちが多かった。それゆえ実質上、「見」はしずらい。

 オリジナル・ベットであった800ドルと、それにつけられた勝ち分の800ドル、合わせて16枚のブラック・チップ(100ドル・チップのこと)を、竜太は手元に引き寄せた。

 引いた理由はもうひとつあった。

 このバカラ卓は、いわゆる「ミニバック(=小バカラ)」で、打ち手はカードに触れられない。

 ディーラーがカードをどんどんとフェイス・アップ(=オモテにすること)にしていく。

 自分が起こそうがディーラーが開こうと、カードの数字が変わるものでもないのだが、しかし15万円も賭けている勝負の命運は、自分の掌でカードを絞って決めたい。

 竜太はそう考えていた。

 いや竜太のみならず、ほとんどのバカラ賭人はそう考えるのではなかろうか。

 絞ることによって、カードに希求する数字を印刷するのである。

 そんなバカな。

 しかし「そんなバカな」ことを実現させるのが、バカラの「絞り」の妙だった。

「行かないの?」

 とみゆき。

「お休みだ」

 と竜太。

「ネクスト・ベッツ・プリーズ」

 ディーラーの若い女が、竜太とみゆきの動きを見ながら言った。

「フリー・ゲーム」

 と竜太はディーラーに告げる。

 ベットはしないがカードを開いてゲームを進めてくれ、という意味だ。

 正しくは「フリー・ハンド」という。

 しかし、アジア太平洋地区のカジノでは「フリー・ゲーム」と呼ぶ打ち手たちが多い。

 ディーラーがなにかを言った。

「一般フロアでは、『フリー・ハンド』はできないようよ」

 みゆきが通訳してくれた。

「『フリー・ハンド』ができるバカラ卓は、『インサイド』にしかない、と言っているみたい。『インサイド』って、なんだかわからないけれど」

「多分、VIPフロアのことだろうな」

「どうするの?」

「どうするもなにも、『フリー・ゲーム』ができないなら、席を立つかミニマム・ベットに戻すしかない。俺は100ドルでも負けるのはいやだから、打ち止めようか。もう1500ドル勝ってる。お腹いっぱいだ」

「じゃ」

 みゆきがタイガー10頭を、ディーラーの側に押し出した。

「カラー・チェンジ、プリーズ」

 ディーラーが、フロートの中からゴリラ1頭をつまみ上げる。

「ノー、ノー。モンキー、プリーズ」

 タイガー(=100ドル・チップの通称)10頭はモンキー(=500ドル・チップの通称)2匹に姿を変えた。

 たった2日間メルボルンのクラウン・カジノに行っただけなのに、みゆきは慣れている、と竜太は感心した。

 きっとゲーミング・フロアのバカラ卓で、群がる打ち手たちを、ツラが切れるまでじっと観察していた成果なのであろう。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(15)

第5章:竜太、ふたたび(13)

 ゲーミング・フロアをざっと眺めまわしてみれば、70テーブルといったところか。

「ホームページには90卓と書いてあったから、また別のフロアがあるのかもしれない」

 とみゆきが言う。

「なにをやる?」

 竜太は訊いた。

「ルールは知らないけれど、バカラ。決まっているでしょ。そのゲームで7000ドルを1万2000ドルにしたのよ。どうせ他のゲームでも、ルールがわからないのだから」

 これは賭場(どば)での王道。

 勝っている種目を、勝った時と同じように攻める。

 そうやったからといって、また勝てるものではないのだけれど、打ち手はそうする。

 まだ陽は落ちていない時間だ。

 クリスマス休暇に入っているからだろうが、どのテーブルも6割がた埋まっていた。

「ビギナーにルールを教えながら打つにはちょっと敷居は高いかもしれないけれど、100ドル・ミニマムの卓でやるか」

 そのテーブルなら、他に打ち手はいなかった。気兼ねなくみゆきを教育できるだろう。

「わたしはどこでもいいよ」

 とみゆき。

 バカラ卓に坐ると、竜太は100枚の100ドル札をグリーンの羅紗(ラシャ)上に載せた。

 心臓がばくばくする。

 新宿歌舞伎町の裏カジノでやる際、竜太はいつも10万円のバイインだった。

 たとえそれが真希(まき)からかっぱらってきたものだとはいえ、90万円の大金をチップと交換する。

 気持ちいいのだが、同時に恐怖を感じた。

「じゃ、わたしも」

 みゆきが50枚の100ドル紙幣を出す。

「まったくの初心者が5000ドルの勝負って、いい根性してるな」

「だってそれ、クラウン・カジノで勝った分だもの。失っても、元に戻るだけ。竜太さんからもらった7000ドルには手をつけない。簡単だったけれど、あれは一応労働の報酬なのだから」

 しっかりしているのか、そうじゃないのか、竜太にはよくわからないみゆきの返答だった。

 ディーラーから100枚と50枚の100ドル・チップが、それぞれに渡されて、勝負が開始された。

 当時のスカイシティ・アデレードには、電光掲示板での罫線(ケーセン=出目の記録)表示なんて気の利いたものはない。テーブルの隅に置いてある罫線表に、自分で書き込んでいくのである。

 シューの始めのご機嫌うかがいで、竜太はまずミニマム・ベットであるタイガー(=100ドル・チップの通称)1枚を、プレイヤーを示す白枠内に載せた。

 みゆきは賭けもせず、見物。

 双方三枚引きとなったのだが、7対4でプレイヤー側の勝利。

 すかさず竜太は、タイガー2頭のダブル・アップでプレイヤー側に置く。

 このクー(=手)も、プレイヤーで楽勝だった。

 再びダブル・アップのタイガー4頭でも、8頭に増やした4手目でも、プレイヤー側は4・5・6といった低い持ち点ながら勝利していく。

 いきなりPヅラ(=プレイヤー側の連続勝利)だった。

 1枚の100ドル・チップが、1600ドルに化けた。

「簡単なのね」

 とみゆき。

「ああ、簡単なんだ」

 と竜太。

 さて4連勝して、竜太は迷った。

 次手もツラを追い、ダブル・アップの1600ドルで、行っちゃうべきか。

 元手は確かに100ドルだった。

 しかし1600AUDといえば、ほぼ15万円である。

 新宿歌舞伎町の裏カジノでなら、そんな大金を浮けば、竜太は即座に席を立った。

 そうやって竜太は、これまで生き凌いできたのだ。

 行くべきか、行かざるべきか。

 新宿歌舞伎町のろくでなしばくち打ちは、オーストラリアの合法カジノで、はたと悩んだ。

⇒続きはこちら 第5章:竜太、ふたたび(14)

第5章:竜太、ふたたび(12)

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第5章:竜太、ふたたび(11)

第5章:竜太、ふたたび(11)  痩せているみゆきの乳房は、竜太が想像していたとおり小さかった。  肋骨の浮いた胸に、打撲でちょっと腫れあがったくらいの盛り上がりがあるだけだ。  その盛り上がりの中心部に、直系3センチく […]

第5章:竜太、ふたたび(10)

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第5章:竜太、ふたたび(9)

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第5章:竜太、ふたたび(8)

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第5章:竜太、ふたたび(7)

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第5章:竜太、ふたたび(6)

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