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何でもチン!な店で死にかけた話

― 週刊SPA!「平山夢明のどうかと思うが、面白い」 ― ◆小さくてボロくて、それでいてしっかりした料理を出してくれそうな「隠れた名店」と思いきや……  まあ、それほど飲んべえというわけではありませんが、付き合い程度にちょこちょこ飲み屋に出かけるということはあるわけですね。で、なかなか個性的なマスターのいる店というのもあるわけです。  かつてよく通っていた店はマスターが賭けマージャンが大好物で、しかもド下手だったので客はツケが立て込んでくると頻りに賭けマージャンに誘う。悪いことに店の二階が雀荘だったものですから、マスターのママが入っているとママに店を任せて二階にツケ客と一緒に上がっちゃう。で、十中八九負けて戻ってくる。で、客はツケを払い、尚も儲けたゼニで酒を飲み直すという、店としては誠に地獄の自転車操業をくりかえしていたんですが、ある日、遂にたまりかねたママが戻ってきた客とまたぞろ大負けしたマスターに<もう! いいかげんにしてよ!>と怒鳴った途端、マスターがビールジョッキでママの顔面をフルスイングしまして、ぐしゃっと音がした途端、カウンターに歯がぱらぱらと散らばりまして、ママが<ぶぎゃあ!>と叫んで顔を押さえるのを見ながら和気藹々と飲むみたいなことがありましたけれども、こんな風にビミョーにやばい店というのもあるわけですね。 ヤバイ飲食店 前にあまり行ったことのない街に行きまして、チェーン店に入るのもなんだったので、なんとなくしけた感じのヨシダルイ的な腐りきった店構えのやきとり屋に入ったんですよね。小さくてボロくて、それでいてしっかりした料理を出してくれそうな。  なかには婆さんがひとりカウンターのなかに座っていて、しかも、極狭い。五人も入ると誰かが窒息死しそうだし、しかも壁にも床にも婆さんがいままで読んできただろう女性週刊誌と健康雑誌とカタログハウスみたいなのが、どばどば散乱している。さすがに躊躇われたのですが、逆にこの先どうなるんだろうとドキドキして座ってしまったんです。で、ビールを頼み、厚揚げを頼んだところ。<焼きますか? チンでいいですか?>と云われます。なんだかわからないので<お任せします>と云うと婆さんは傍らの百均で買ってきたようなレンジに冷蔵庫から出した厚揚げを入れてチンしたんですよね。  で、出されたのを食べると中がまだ冷たかったんです。<すみません。ちょっとこれまだ冷たいみたいです><そうですか? みんなだいたい二分で良いって云いますけどね><でも、冷たいんです>すると婆さんは舌打ちをして、もう一度チンをしました。  そして伝票みたいなのに何か書き付けながら<二度あたため……か>なんて云ってるんです。店にはBGMもなくて、テレビはついてるけれど音は消してある。他に客はいないので婆さんとタイマンです。で、厚揚げができたので食べたら、まだ冷たい。きっと明かりだけがレンジ風のランプかなんかだと思うんですよ。<あの、まだ冷たいんです><え?><まだ厚揚げ。冷たいです><焼鳥ですか? レバしかできませんけれど><いや、この厚揚げが。まだ><それ、厚揚げですよ。焼鳥ですか?><いや、もういいです>と、焼鳥があるなら試していこうと思って<じゃあ、焼鳥お願いします>と云うと<焼きますか? チンで良いですか?><焼いて下さい><焼くんですか?><はい>すると婆さんうんざりした感じで立ちあがり窓際の焼き台で火を興したんです。<最近やってねえんだよな>とか云いながら。  で、レバは焼きすぎでガチガチだったんですけれど、不思議にできあがる頃には居心地が良くなって、何本もビール飲んじゃって、気がつくと婆さんもオイラもうたた寝しちゃって、妙に頭が痛くて吐き気がしたんで、はっ!としたら。なんか一酸化炭素中毒になりかけていたみたい。ほんとチンもどうかと思いますが、面白いモンです。 平山夢明【ひらやまゆめあき】 61年、神奈川県生まれ。10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。精神科医・春日武彦氏との不謹慎世相放談『無力感は狂いのはじまり~狂いの構造2』も、扶桑社新書より絶賛発売中! イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎
どうかと思うが、面白い

人気作家の身辺で起きた、爆笑ご近所ホラー譚

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