“名タッグチーム”は偶然の産物?――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第69回
ハク&トンガ・キッドのジ・アイランダーズもどちらかといえば急造コンビといっていいかもしれない。ハクは大相撲(元幕下・福ノ島)から全日本プロレスに入団後、単身アメリカに渡ったトンガ人レスラーで、現在、新日本プロレスに在籍しているタマ・トンガの父親。トンガ・キッドはアファ&シカのアノアイ家の血を引く――サムー、ヨコヅナ、ウマガ、ローマン・レインズらとはイトコ――サモア系アメリカン。ともに南太平洋系ではあるけれど、バックグラウンドの異なるふたりがWWEのリングでは“イトコ”を演じた。
この時代のWWEのTVショーは現在のような“マンデーナイト・ロウ”と“スマックダウン”の2本立てではなく、シンディケーション番組“プライムタイム・レスリング”“スーパースターズ”“レスリング・チャレンジ”“レスリング・スポットライト”の毎週4番組編成。週末のハウスショーは3チーム制で、1日3都市で同時開催されていた。
契約選手200人超を抱えていたWWEは、所属タレントの合理的かつ生産的な起用法として数かずのタッグチームを商品開発した。名コンビも誕生したし、あっというまに消えていった“失敗作”もあった。タッグマッチはもともとアメリカ人の発想。タッグチームがタッグチームとしてのアイデンティティーを大切にした時代だった。(つづく)
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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