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「この子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ」――46歳のバツイチおじさんはアラブの荒くれ者に難癖をつけられた〈第24話〉

女性 「一人ですか?」 俺 「はい。そうですけど」 女性 「良かったらこっちのグループに混じりません?」 俺 「え?」 よく見るとアラブ人男子3人と中国人女子の彼女一人が一緒に飲んでいた。 一体どういう組み合わせなんだろう? 俺 「みなさんお友達ですか?」 女子 「……いや、違うんです。私も一人でご飯を食べてて、このグループに声をかけられたんです」 すると、奥にいたアラブ人グループの一人が声をかけてきた。 アラブ人男子 「ヘイ!ブラザー。どこの国から来たんだ?」 俺 「日本だよ」 アラブ人男子 「一緒に飲もうぜ日本人のブラザー!」 「ブラザーって兄弟だろう。やけに馴れ馴れしいな。これがアラブ流の英語コミュニケーションか。まぁでも、どうせやることもないし、アラブ人や中国人と飲んだことないから飲んでみるか」 そう思い、一緒に飲むことにした。アラブ人男性3人組はアジアンパークで路面店をやっているそうでイラン人らしい。堅気っぽいが、どことなく危険な雰囲気がある。俺は財布がスられてないか、首かけのバックを握りしめ確認した。今のところ大丈夫。だが、気を抜くとやばいかも。本能が危険を察知していた。 中国人女子は20代後半で人生初めての一人旅でタイに来て、近くのホテルに泊まっているらしい。お腹が空いたので屋台に来たところ、アラブ人男子に声をかけられ一緒に飲むことになったそうだ。 アラブ人男子は中国人女子に何かとお酒を飲まそうとしていた。 彼女が一口でもお酒を飲むと、すかさずグラスにビールを注ぐ。 途中から一気コールをかけ、嫌がる中国人女子に無理やりビールを飲まそうとしていた。 俺にも「ヘイブラザー!」と言い、お酒を飲ませようとする。 俺はシェムリアップの失敗もあるので、適当にあしらい自分のペースで飲んだ。 30分ぐらい飲んだ後、おしっこに行きたくなり席を立った。 近くのコンビニで用を足し外に出ると、一緒に飲んでいた中国人女性が俺を見つめ、そこに立っていた。 中国人女子 「……ねぇ、助けて欲しい」 俺 「え?」 中国人女子 「何度も帰ろうとするんだけど、帰してくれないの」 俺 「そうなんだ。お酒は結構飲んだの?」 中国人女子 「何回か一気させられた。怖いから、断ったら何かされそうな気がして…」 彼女の目は潤んでいた。 俺 「いいよ! 俺が連れて帰ってあげる」 俺は密かに二人分の会計を済ませ、屋台に戻った。 イラン人男子グループは男同士で何やら盛り上がっている。 俺 「悪い! 彼女、もうホテルに帰って休みたいんだって。俺、ドミトリーが近いから送ってくよ」 アラブ人男子 「それはないよブラザー、飲もうぜ!」 俺 「いや、もう疲れた。帰って寝たい。悪いな。俺の分と彼女の分はすでにお会計済ませたよ」 中国人女子 「……」 俺 「今日はありがとう!楽しかったよ」 そうやって握手を求めると、3人は渋々握手をした。 そして、屋台を離れようとすると男達がやってきた。 アラブ男子 「ヘイブラザー、この子はお前が連れて帰るのか?」 俺 「あーそうだよ。送ってく」 アラブ男子 「この子には俺たちが結構お酒を奢ったんだ。もしこの子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ。男ならわかるだろうブラザー」 いにしえのアラブ商人のような、謎な交渉戦術だ。 俺 「ありえない。彼女が自分でオーダーした分と俺の分のお会計はすでに済ませたよ。俺はただ、彼女を送ってくだけなんだ」 アラブ人男子 「いや、全額払え!」 少し声を荒げた。俺はカチンときた。 俺 「は? お前、日本人なめてんのか、こら? あ?」 そう日本語で怒鳴ると、むこうは一瞬たじろいた。 その隙に彼らを振り払い、彼女と一緒にトゥクトゥクに乗り込んだ。 俺 「サンキュー、アラブのブラザー。今日は楽しかったよ」 そう言ってトゥクトゥクを出発させた。 アラブ人達は、「まぁしょうがないか!」という顔でこちらを見つめている。 俺と彼女は手を振り、彼らとお別れした。 中国人女子 「今日はありがとうございました」 俺 「いや、いいよ。あいつら、ちょっとたちが悪いね」 中国人女子 「うん。少し怖かった」 俺 「遅い時間は危険だから、あまり出ないほうが良いかもね」 なんとか彼女を助けることができた。 良いことをした後は気持ちがいい。 トゥクトゥクを走らせてると夜風がすごく気持ちよかった。 バンコクの夜の街並みを見るとなぜかウォンカーウェイ監督の「恋する惑星」を思い出す。カメラマン、クリストファー・ドイルの映像と夜のバンコクが妙にオーバーラップしてしまうのだ。 10分ほどチャオプラヤー川沿いの道を走ると、彼女のホテルの前に着いた。 ホテルは俺の安宿とは随分違っていて、一泊一万円以上はするに違いない高級ホテルだった。 今の俺には手の届かない世界に住んでるお嬢様のように感じた。 中国人女子 「……あの、明日の夜って何か予定あります?」 俺 「え? 特にないけど」 中国人女子 「一緒に晩ごはん食べませんか? 今日のお礼もしたいし」 俺 「いや、お礼はしなくていいけど」 中国人女子 「食べましょうよ」 俺 「うん……いいけど」 中国人女子 「よかった。明日の夕方6時ごろはどう?」 俺 「大丈夫だよ。ここに来れば良い?」 中国人女子 「え、迎えに来てくれるの?」 俺 「いいよ。それが一番確実だし」 中国人女子 「ありがとう。今日は本当にありがとうございました。明日、6時にここで」 こんな謎の流れで名前も知らぬ中国人女性とデートをすることになった。 俺は「恋する惑星」の冒頭のワンシーンを思い出した。 「その時、彼女との距離は0.1ミリ。57時間後、僕は彼女に恋をした」 翌日夕方、バイクタクシーを拾い二人乗りし、GoogleMapでドロップした場所を頼りに彼女のホテルに向かった。 少し迷ったが6時きっかりに約束のホテルのロビーに着いた。 5分待っても彼女はロビーに現れない。 「時間きっちりに来るのは日本人ぐらい」 ふとセブ島の英語学校を思い出した。始業5分前から席についているのは、中国・台湾・韓国人がいる学校では日本人だけだった。しかし、彼女は15分待っても現れない。若干テンションが下がっていると、ドアから彼女が荷物をたくさん持って現れた。 中国人女子 「ごめんなさい。買い物してたら道に迷っちゃって。一旦、部屋に戻って用意するから少し待っててもらっていい?」 俺 「いいよ」 中国人女子 「急ぐから、ごめんね」 そう言い、さらに15分待つと完全に衣装チェンジした彼女が現れた。 中国人女子 「遅くなってごめん」 俺 「どこに行く? 俺、この辺だったら安い屋台かローカルなお店なら知ってるけど」 中国人女子 「友達においしいお店聞いてるの。そこに行きたい!」 スマホを取り出し場所を確認する。二人でトゥクトゥクに乗り、彼女の行きたい店に向かった。 途中、場所がわからなくなるとスマホで中国人の友達と話し始めた。 そして、ドライバーと電話口の友達が直接話すように促す。 なんとかお店に到着するとトゥクトゥクとの金額交渉も彼女が始めた。 なかなかたくましい。 お店は老舗の高級中華料理屋だった。 入り口には生簀があり海老や蟹などが泳いでいる。 「俺がいつも行くローカルなタイ料理屋台の何倍するんだろう?」 席に着き、メニューを見るとビクっとした。 日本の高級中華料理屋と変わらない金額だ。 俺はビールを頼み、「一緒につまむから、そっちが頼んで!」と言い、自分の料理は頼まないで少しでも安くすます作戦に出た。しかし、彼女は海老や蟹など高級料理をバンバン頼んでいる。
「この子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ」――46歳のバツイチおじさんはアラブの荒くれ者に難癖をつけられた

バンコクの高級中華料理屋に入る彼女

「この子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ」――46歳のバツイチおじさんはアラブの荒くれ者に難癖をつけられた

生簀に入った海老などの魚介類

「この子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ」――46歳のバツイチおじさんはアラブの荒くれ者に難癖をつけられた

結構な値段の高級中華

「この子を連れて帰るなら、俺たち全員分のお金をお前が払えよ」――46歳のバツイチおじさんはアラブの荒くれ者に難癖をつけられた

貧乏旅行中の身にはかなり緊張感を抱かせる高級中華

二人 「乾杯~」 彼女の名前はキャン。香港近くの郊外の街に住む27歳の独身女性だ。 キャン 「おいしそう~」 そう言うと、キャンは海老や蟹をばくばく食べ始めた。どうやら自分の地元の料理らしく、海老の皮の剥き方や蟹の食べ方が上手だった。俺は「なんでタイのバンコクに来てるのに自分の地元の中華店に来るのか?」と少し不思議に思った。逆の立場だったら、旅先で日本料理屋やラーメン屋に入るのと同じである。わからなくはないが俺にはない感覚だ。 結局、ほとんど彼女が料理を平らげてしまった。 食事が終わったのでお会計をしようとすると、彼女は細かくレシートをチェックし始めた。 そして、店員と中国語で会話を始め、少し値切った。 さすが中国人同士。というかキャン、すごい。 キャン 「ここ、私が出すからいいわ」 俺 「え? なんで? ダメだよ」 キャン 「昨日、助けてもらったし。ね?」 俺 「え? 出すって」 キャン 「いいよいいよ。次出して!」 結局俺は彼女に奢ってもらうことになった。 「日本で女性に奢ってもらった経験なんてあったっけな……」 俺はおそらく初めての経験に、少々面食らった。 キャン 「屋台街に行きたいんだけど、友達に聞いたいい場所があるからそこに行こう!」 そう言うとまたスマホで中国人の友達と中国語で話し、場所を確認し始めた。 俺 「なんでバンコクなのに中国語なの?」 キャン 「バンコクに住んでる華僑の中国の友達がいて、その子にいろいろ聞いてるの」 華僑ネットワーク、凄い。 屋台街に到着すると、彼女はスマホで風景写真を撮り始めた。 俺は席に座り、ビールを頼もうとすると……。 キャン 「私、もう写真撮り終えたから次の場所に行きたいな」 俺 「え? ここで飲んだり食べたりしないの?」 キャン 「さっきの店でお腹一杯食べたから、もうご飯はいいかも」 俺 「……」 キャン 「あ、でも食べてもいいよ」 俺 「いや、次の場所行こう」
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結局、屋台街では何も食べないまま…
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