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逮捕と拷問から17年、死刑が“無罪”となった戦後の冤罪「仁保事件」【大量殺人事件の系譜】

逮捕から17年、死刑判決から「無罪」へ――

 1972(昭和47)年12月、広島高裁の差し戻し審で無罪判決が下された。検察側は上告を断念、逮捕から17年を経て、ようやく無罪が確定したのである。ひとりの無実の人間の生命が、権力によって葬り去られる寸前だった。死と隣り合わせだった17年間の恐怖は、あまりにも重く深い。  現代でも冤罪はなくなっていない。戦後、死刑確定後に再審で無罪になり、自由を取り戻したのは4例ある。また2014年3月には、48年間も獄中に拘禁されてきた確定死刑囚・袴田巖さん(80)の再審開始が決定、釈放され無罪判決を待っている。袴田さんはDNA鑑定で犯人でないことが明らかとされ、再審開始の決定をした地裁は「捜査当局が証拠の捏造をした疑いが強い」「耐え難いほど正義に反する」とまで言い切っている。ほかにも、足利事件や東電OL事件をはじめ、重大な冤罪事件は少なくない。誤った判断で死刑が執行されてしまった無実の人もいる、とさえいわれている。  裁判に誤判は存在する。それを正す再審が、制度としてはある。しかし、その門戸は限りなく狭い。もし、誤判とするに足る事実が少しでもあるのであれば、再審制度を絵に描いた餅にしないためにも、勇気ある実践が必要ではないだろうか。  仁保事件の真犯人は、いまとなっては誰にもわからない――。 <取材・文/青柳雄介>
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