ロード・ウォリアーズの肉体SFX至上主義――フミ斎藤のプロレス読本#016【ロード・ウォリアーズ編1】
しかし、ふたりはレスリング・ビジネスでの成功は単なる通過点でしかない、そのまた向こう側では――それは漠然としたイメージでしかないけれど――まったくちがうなにかが自分たちを待っているのだろうと考えた。
「体さえしっかり鍛えておけばよ、いつか必ず世に出るチャンスはめぐってくると信じていたんだ。フットボールだってボディービルだっていいんだ。早いはなしがよ、己の肉体に誇りが持てないようなヤツぁ、なにをやったってダメだってことだよな」
名もないボディービルダーだったころを思い出して、アニマルがこうつぶやいた。まったくそのとおりなのだろう。学歴もなければ手に職があるわけでもなく、いちどだってまともな仕事についたことがないアニマルとホークにとって、この世で頼りにできるものは己の肉体しかなかった。
意識的にかそれとも無意識にか、ロード・ウォリアーズは自分たちの肉体がいずれは“武器”になることを予知していた。いったいそれがなんであるかに気がつくまでにかなりの時間がかかったが、結果的にふたりはプロレスという天職にめぐり逢った。
アニマルとホークのサクセスストーリーは、強じんな肉体と強じんな精神を同一線上に置いたところからはじまる。フィジカルな力とメンタルな力をまったく区別しなかったこと。肉体の充実は精神の充実を意味していたということだ。
★ ★
ロード・ウォリアーズというチーム名を思いついたのはアニマルだった。ホークはタイツ、ブーツ、リングコスチュームなどのアイディアを出し、「シカゴのスラム街出身、年齢不詳、元暴走族、酒場の用心棒をしていたところをスカウトされてプロレス入り」というプロフィルはふたりで考えた。
「そりゃあ、シカゴよ。オレたちは街のケンカ屋ってことになってるんだぜ。ストリート・ギャングが集まるシカゴのダウンタウンのな」
雪国ミネソタで育ったホークとアニマルにとって、シカゴという地名はホームタウンからいちばん近い“大都会”の映像的なイメージだった。
まったく腕ずく、力ずくの変身。肉体SFX至上主義の実現。ホーク、アニマルというリングネームもフィクションなら、シカゴ出身、元暴走族というプロフィルもまったくのファンタジー。しかし、ふたりがリングのなかで大暴れをつづけていくうちにそんなちいさな虚構が大きな真実――日常性からの解放――へと化けていった。
ハイテク文明が急スピードで進化し、いよいよ高度管理化社会が形成されつつあった1980年代のアメリカにウォリアーズのようなタイプのスーパースターが出現したことの持つ意味は大きい。
いわゆるワスプWASP――アングロサクソン系白人=アメリカ社会の中心を形成するとされる白人中流階級――の生まれでありながら、エリートコースからはじき出された若者が社会のシステムと対峙しうる数少ない方法のひとつが、ホークとアニマルが選択した肉体至上主義だった。
ロード・ウォリアーズにとって、強ジンな肉体は意志そのものであった。ホークとアニマルがロード・ウォリアーズに変身をとげていくプロセスにおいて、筋肉は単なる筋肉以上のパワーを生み、やがてそのパワーが精神を支配していった。
情報化社会のなかでどれだけ多種多様のインフォメーションが氾濫するようになっても、テクノロジーが決してコントロールすることができない最後の“聖域”が人間の肉体だ。
ホークとアニマルは、生身のSFXを使って富と名声を勝ちとった最後のアメリカ人になるかもしれない。力ずくで生きて、力ずくでノシ上がること。アメリカのフロンティア精神とはもともとそういうものだったのかもしれない――。(つづく)
※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

斎藤文彦
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
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