更新日:2022年08月30日 23:51
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学生時代、女装する私は周りにどう見られていたのか?――女装小説家・仙田学の追憶

 この連載の第1回に書いたように、好きすぎてグラビアアイドルになりたいと思ったほど。  同時に、自分のそんな欲望を、どこか自分のものではないもののように感じて、持て余してもいた。  極めて男性的な欲望にまみれていながら、見た目も性格も男らしくない自分を。  たまに女装をすることで、ふだんの男性的な自分を処罰しなければ、私は精神的なバランスを保てないのかもしれない。 「社会人らしくしないと」 「もう年齢も年齢だし」 「あいつ女捨ててるよな」  男らしく、女らしく等々……「~らしく」あらねばならない、という生きかたを、私たちは常に強いられている。  一方で、「自分らしく」あることは禁じられがち。 「女の子より可愛い男の娘」という存在は、「~らしく」かつ「自分らしく」ある生きかたを象徴しているように、いまの私には思える。  女装をしている私の姿を一番よく見ていたのはRさんだ。 Rさん「私が印象的だったのは、阿倍野駅で長めのスカート履いてる仙田くんに会ったこと。確か通学定期の性別を『女』にしてたんじゃないかな。『なんで?』って聞いたら『面白いかな~と思って』って言ってたよ」  いや、別に面白くないし……。 Rさん「部室の近くの芝生の上で酔っぱらった仙田くんが『野麦峠ー!』って何回も叫んでいて、あのときもスカート履いてたように思います」  たしかに映画『あゝ野麦峠』をその頃に観て、大竹しのぶのファンになった記憶はあるが、叫んだことは覚えていない。  友人たちの助けを借りて、過去の記憶を掘り起こしてきた。  思っていたほど、私の女装姿は友達に認知されていなかったようだ。  母親とRさんにしか見えていなかったのか?  それはさておき、女装をするまでもなく、私は女の子なみに可愛かったということがわかった。  そのせいか、私はその後20年ほど女装を封印することになる。 <文/仙田学> 【仙田学】 京都府生まれ。都内在住。2002年、「早稲田文学新人賞」を受賞して作家デビュー。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(NMG文庫、オークラ出版)、出演映画に『鬼畜大宴会』(1997年)がある
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