噂話が一人歩きしていた伝説の「売春島」が壊滅寸前
渡鹿野島……売春島と呼ばれるこの島のことを読者の方はご存じだろうか? 好事家でなくとも、その名前と島の話を聞いたことがある人は少なくないだろう。
「島の中ではそこかしこに置屋があり、借金の形や諸事情で連れてこられた女たちが売られており、強面の男たちが島にやって来た客たちに睨みを利かせる……」と噂されるような、なんともミステリアスな存在になっている。だが、渡鹿野島において売春はもはや壊滅寸前の産業。噂話だけが一人歩きしていると指摘する人物がいる。ルポライターの高木瑞穂氏だ。高木氏は謎に満ちたこの売春島の過去、そして現在を追い続けて一冊の本を先月上梓し、話題となった。その名も『売春島』(彩図社刊)。売春島の裏側を聞いた。
「渡鹿野島についてはその特異性から、どうしても話に尾ひれが付いて伝わってしまいます。今も昔と同じように大勢の売春婦が島に住み、渡し船を使って男たちが足繁く通うと思われていますが、実際のところ島の置屋、ようするに売春産業はすでに壊滅状態。全盛期と言われたのも、80年代~90年代半ば。バブル崩壊と共に渡鹿野島の勢いも急速に衰えていきました。私が取材を始めた8年前の時点ですでに置屋は5~6軒。今はもう置屋は2軒しかありません。島に行ったはいいが女のコがいなかったという話がネットですぐに伝わり、客足はドンドン落ち、そこに昨年(2016年)の伊勢志摩サミットが追い打ちをかけたわけです。当初はサミットのちょっと前からしばらく置屋は閉めておこうとなったようですが、結果として閉店の憂き目に遭ったわけです」
高木氏によれば、全盛期の渡鹿野島のイメージがあまりにも強く、都市伝説的に話が広まってしまったという。また島の売春システムも非常に珍しく、男たちの心をかき立てたことも、渡鹿野島を全国区に押し上げる原動力になったという。
「島の売春は基本的には自由恋愛という形を取っていました。客はたまたま入った置屋で女のコと会い、恋に落ち、二人は意気投合。そして……というわけですが、この『……』をする場所はホテルや置屋の部屋ではなく、女のコたちの家なんです。女のコたちはアパートに住み、そこで客の相手をしたのですが、これがとても情緒があり、好事家たちの間で話題になったのです。遊ぶシステムはショートとロングがあり、ロングは女のコの家に朝まで泊まって遊ぶシステムです。女のコのプライベートな部屋でコトに及ぶため、なんとも言えない背徳的な興奮が味わえたと言います」
島の女のコは80年代半ばまではほとんどが日本人だったが、その後、タイ人&フィリピン人ホステスが大量流入した。だが、このタイ人ホステスが渡鹿野島人気をさらに集めるきっかけとなる。
「タイ人&フィリピン人ホステスは非常に愛嬌があり、恋人接客をしたんです。これが大いにウケた。朝までホステスの家で遊び、朝食にトムヤンクンなどのタイ料理などを振る舞ってもらい帰る。こんなお大尽遊びは渡鹿野島ならではです」
また、島ではキックバックやリベートが横行しており、こうしたお金の循環が「島のどこでも売春できる」という状況を作り出してしまったという。
「島に来た客たちは自由に遊ぶことはできません。外出する際も必ず泊まっているホテルや宿の浴衣やスリッパを履いて出かけるように言われます。これは女のコと遊んだ際に、ホテルや旅館にリベートを払わなければいけないから、どこのホテルの客かわかるようにしてもらわないと困るからです。飲食店やタクシーの運転手もこのリベートが大きく、駅から船着き場に行くタクシーの運転手からすでに客引き(笑)。タクシーの運転手はホテルを紹介すればホテルからリベートが入るわけです。島について定食屋でご飯を食べてるときも『今日はどこで遊ぶ? 泊まってるホテルは?』と聞かれます。置屋を紹介すれば置屋からというように、置屋を中心にしたリベート経済がこの島を支えているんです。だから客は島民すべてから監視される……という噂ができたのです」
島には序列があって、一番上がホテル&旅館。その下に置屋。一番下に客引きやその他飲食店があると高木氏は言う。
「島は売春と一蓮托生なんですよ。だから、遊びに来た客は自由にいろいろできない。一度泊まったホテルは滞在中、別のホテルに変えることはできません。私も一度、いろいろ聞き回っていたら“怪しい男”として、島内に話が回り、置屋では買えないどころか入店拒否。ホテルでは何を聞いても無視。定食屋のオヤジから『兄ちゃんたちの情報が回っとる』と言われたことがあります。ホテル代はこの島にとっての入漁料的なものなので、これで儲けようなんて思ってなかったんですよ。島には鮮魚を扱う市場もなく、ビーチは人工、温泉もあるけど1軒だけ。収入源のほとんどが売春によって賄われていたんです」
もはや壊滅寸前 サミットがトドメを刺した!?
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日刊SPA!編集。SPA!本誌では谷繁元信氏が中日ドラゴンズ監督時代に連載した『俺の職場に天才はいらない』、サッカー小野伸二氏の連載『小野伸二40歳「好きなことで生きてきた~信念のつくり方~』、大谷翔平選手初の書籍となった『大谷翔平二刀流 その軌跡と挑戦』など数多くのスポーツ選手の取材や記事を担当。他にもグルメ、公営競技の記事を取材、担当している
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