ハーリー・レイス “ミスターNWA”という道――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第32話>
現役時代のレイスは時代、キャリア、ステージごとにそのビジュアル・イメージを微妙に変化させていった。
ドリーから初めてNWA世界王座を奪ったときは短いブロンドヘアに花柄のショートタイツといういでたちで、それから4年後にテリーを下して2度めのNWA世界王座についたときは“孫悟空”型のブラウンのショートヘアにイエローのストライプの入った黒のショートタイツを愛用していた。
1980年代からは白髪まじりのカリーヘアに口ひげ、あごヒゲを伸ばし、無地のブルー、レッドのショートタイツと同色のロングガウンを愛用するようになった。
ルーキー時代からAWA時代までの“ハンサム”という反語的なフレーズのほかにこれといったニックネームのないレスラーだったが、“ワールド・ヘビーウエート・チャンピオン”の肩書がリングネームの上についていて、“レイス・モデル”の黒革のチャンピオンベルトがリングコスチュームの一部になっていた。
日本の“NWAマニア”にとっていちばん思い出に残るシリーズは、ジャック・ブリスコ、レイス、ドリー・ファンク・ジュニアの“現・前・元の3人のNWA世界王者”がそろって来日した全日本プロレスの『新春NWAシリーズ』(1974年=昭和49年1月)。
ブリスコが腰に巻いていたチャンピオンベルトは、のちの“レイス・モデル”の黒革バージョンではなく赤いベルベット地だった。
レイスがNWA世界王座について長期政権を築いた1977年から1981年までの5年間――途中、1979年にダスティ・ローデス、1979年と1980年にジャイアント馬場、1981年にトミー・リッチTommy Richに敗れ王座を失うが、いずれも短期間で王座奪回――は、“巨大カルテルNWA”が全米各地のNWA加盟団体をコントロールした最後の時代だったといっていい。
レイスは場所、対戦相手、シチュエーションによってヒールもベビーフェースも演じることのできる世界チャンピオンとして、飛行機とレンタカーでの移動をくり返しながら、ちがう土地のちがう観客のまえでほとんど毎晩のように60分フルタイムのタイトルマッチをこなしつづけた。
ルーキー時代に交通事故を起こし、同乗していた友人を失った経験を持つレイスは、チャンピオンになってからも必ず自分でハンドルを握ることをひとつのポリシーにしていた。年間300試合の殺人的スケジュールをいちども苦しいと思ったことはなかったという。
NWAの発起人メンバーであり“総本山”ミズーリ州セントルイスの大プロモーターだったサム・マソニック(当時76歳)が1982年1月に引退すると、NWAセントルイス地区はそのマソニックから共同出資で興行会社を買いとったボブ・ガイゲルBob Geigel、レイス、パット・オコーナー、バーン・ガニア(AWAオーナー)の4者の合議制に移行した。
それまで35年間にわたりつづいてきた“マソニック体制”の終えんは、NWAという組織そのものの崩壊の前兆だった。
NWA世界王座はその後、レイスからローデス(1981年6月21日=ジョージア州アトランタ)、ローデスからリック・フレアー(1981年9月17日=ミズーリ州カンザスシティー)、フレアーからレイス(1983年6月10日=ミズーリ州セントルイス)、レイスからフレアー(1983年11月24日=ノースカロライナ州グリーンズボロ)とめまぐるしくチャンピオンが交代し、1984年からはノースカロライナ州シャーロットのNWAクロケット・プロモーション(ジム・クロケット・ジュニア派)に事実上、タイトル運営権が移った。
全日本プロレスの常連外国人選手となったレイスは、ジャンボ鶴田をからUNヘビー級王座(1982年=昭和57年8月1日、東京)、ジャイアント馬場からはPWFヘビー級王座(1982年=昭和57年10月26日、帯広)をそれぞれ奪取。ニック・ボックウィンクル、ジェシー・バーなどパートナーを代えながら毎年のように『世界最強タッグ』にも出場した。
レイスを下して1980年代の“ミスターNWA”の座にかけ上がったフレアーは、NWAクロケット・プロの専属契約選手だった。
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