使命感に燃え「駄菓子屋ゲーム博物館」をオープン

廃墟、カップラーメンなど、ある程度の市民権を持っているマニアの評論家が存在する今、さらにディープな研究をする人たちがいるという情報を聞きつけた。いったい彼らは、どのような日々を送っているのかを追いかけてみた。もしかしたら、この中に来年にはメディアに引っ張りだこになっている評論家がいるかもしれない?

【グッズ編】
★駄菓子屋ゲーム
自分がやらなくては! そんな使命感から、博物館まで作りました
<岸明仁氏>


 ’70年代、駄菓子屋の店頭にあった一回10円で楽しめる”駄菓子屋ゲーム機”。その筐体を収集し続けて30年、遂に今年「駄菓子屋ゲーム博物館」までオープンさせてしまったのが、駄菓子屋ゲーム評論家の岸明仁氏(40歳)だ。

「ゲーム機の収集を始めたのは10歳の頃。近所の米屋さんからゲーム機をもらい受けたんです。喜び勇んで、自転車の荷台にくくりつけて持ち帰りました」

 その後も収集を続け、20歳の頃にはゲーム機5台、パチンコ台3台が実家の車庫に集まった。作動しないゲーム機は自らハンダゴテを持ち、秋葉原で入手したパーツと交換。外装が傷んでいれば合板を貼り替え、再塗装した。

「その後、就職してから10年くらいはゲーム機をそのままにしていたんです。でも30代に入ったある日、ふと駄菓子屋が街から消えたことに気がついた。このままでは子供の頃に楽しんでいたゲームも消えてしまう。自分がやらなければと、妙な使命感に燃えてしまったんです(笑)」

 以来、土日は駄菓子屋を行脚し、不要なゲーム機の譲渡交渉。仕事のある平日深夜には修理にいそしんだ。’03年にはWebを立ち上げ、ゲーム機評論を開始。そして’05年、板橋区の地域振興プロジェクト「第1回空き店舗活用コンテスト」で大賞を受賞し、翌年、期間限定ながら博物館を開館させた。そして今年、プログラマとして勤務していた会社を退職し、遂に本格オープンにこぎ着けた。

「家族や友人には『メシ食えるの?』って心配されましたよ。確かに年収は会社員時代の数分の1に下がりました。でも映画やCM、イベントへのリースなど事業の道筋も見えてきています」

 土日には全国から一日100名以上が訪れ、親子でゲームに興じているという。「あとは採算」と笑う岸氏の博物館は、大人と子供が入り混じる、不思議な賑いを見せている。

f091013_3.jpg

店内には昔懐かしい駄菓子も。HPではゲームの資料が満載である。
http://dgm.hmc6.net/

― [ニッチ系評論家]の奥深~い日常【6】 ―




おすすめ記事