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“ヒットマン”ブレット・ハート 心のシャープシューター――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第74話>

 ブレット、キッド、スミス、そして新日本プロレスの若手レスラーたちのぶつかり合いと融合がカルガリー・スタイルの主流になった。  若手時代のブレットは1980年(昭和55年)から1984年(昭和59年)にかけて合計5回来日し、新日本プロレスのシリーズ興行にフル出場。  初来日のシリーズでは木村健吾(現・健悟)とNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座決定戦を争い(1980年=昭和55年7月23日、福岡)、2度めの来日では初代タイガーマスクのWWFジュニアヘビー級王座に挑戦した(1982年=昭和57年2月5日、札幌)。  1984年にそんな状況が一変する。WWEが父スチューの会社を買収した。どちらかといえば、それは老プロモーターとしてのスチューの選択だった。  “スタンピード・レスリング”売却の条件として、スチューはブレット、キッド、スミスの3人がWWEの契約選手となることをビンスに提案した。  キッドとスミスは新タッグチーム、ブリティッシュ・ブルドッグスを編成。まだ“無印”だったブレットはふたりのおまけのような形でWWEの全米ツアーに合流した。  あとからブレットの義兄(姉エリーの夫)ジム・ナイドハートJim NeidhartもWWEと契約し、ブレットとナイドハートはタッグチーム、ハート・ファウンデーションとして活動することになった。  WWE在籍14年間でブレットが獲得したタイトルは世界タッグ王座2回(パートナーはナイドハート)、インターコンチネンタル王座2回、そして世界ヘビー級王座通算5回。  ナイドハートとのタッグチームを解散しシングルプレーヤーに転向したのは1991年で、この年の8月、“サマースラム”でカート・ヘニングを下してインターコンチネンタル王座を獲得(1991年8月26日=マディソン・スクウェア・ガーデン)。  翌年、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催された“サマースラム”はイギリスの観客動員新記録となる8万355人の大観衆を動員し、メインイベントではブリティッシュ・ブルドッグ(スミス)が王者ブレットを破りインターコンチネンタル王座を奪取した(1992年8月29日)。  タイトルマッチには敗れたが、この試合がブレットにとっては大きなターニングポイントとなった。ブレットはここで“主演”としての完成された技量をはっきりと証明してみせた。  それから2カ月後、ブレットは父スチューの生まれ故郷カナダ・サスカッチェワンでリック・フレアーを下し初めてWWE世界ヘビー級王座を手に入れる(1992年10月12日)。ビンスは、ハルク・ホーガンのあとの主人公を探していた。  WWEは1994年(平成6年)5月に“マニアー・ツアー”という名称で横浜、名古屋、大阪、札幌で初めての日本公演をおこなったが、このツアーは興行的には失敗した。  WWE世界ヘビー級王者として来日したブレットは「観客が動員できなかったのは自分の責任」と落胆した。ブレットは再度の日本ツアーを希望したがこのプランは実現しなかった。  1990年代後半のWWEの“長編ドラマ”は、ブレットとショーン・マイケルズの闘いだった。  ホーガンが単純明快でひたすら強いアニメのようなスーパーヒーローだとしたら、ブレットはプロレスの喜怒哀楽をストレートに観客に伝える等身大のスーパースターの道を歩んだ。  ブレット自身はみずからを「プレーンで、シンプルで、グッド・レスラー」と分析し、マイケルズもまたリング上から発散するエナジーで観客を魅了するレスラーだった。ふたりは“鏡像”の関係にあった。  プロレス史に残る“モントリオール事件”は起こるべくして起きた。ブレットとマイケルズの最後のシングルマッチは、不可解な結末を迎えた。  マイケルズがシャープシューターの体勢に入った瞬間、リングサイドにいたビンスが「ゴングを鳴らせ」と指示し、強引に試合をストップさせた(1997年11月9日=“サバイバー・シリーズ”カナダ・ケベック州モントリオール、モースン・センター)。  “独裁者”ビンスはマイケルズを選択し、ブレットを切り捨てた。
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ビンズとの確執は映画にも描かれた
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