ジ・アンダーテイカー “怪奇派キャラクター”の最高傑作――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第75話>
アンダーテイカーは、ファンタジーの世界をとことんきわめた。存在そのものが“長編ドラマ”といってもいい。
人間ではないサムシングがリングに上がってきてプロレスの試合をするという設定はもちろん荒唐無稽ではあるけれど、そのたたずまいと身のこなしは怪談よりも怪談らしく、ホラー映画よりもホラー映画らしかった。
それは完成されたひとつのプロレスの様式だった。だから、観客はよけいなことを考えずにありのままの映像をすんなりと受け入れた。
“にせアンダーテイカー”が出現したこともあった(1994年8月29日=イリノイ州シカゴ“サマースラム”)。
死んだはずの“弟”ケインKaneが現れた(1997年10月5日=ミズーリ州セントルイス“バッド・ブラッド”)。アンダーテイカーのドラマはちょっとずつ進化していった。
オーエン・ハートのリング上での事故死という悲劇が起こってしまった夜、アンダーテイカーはストーンコールドとタイトルマッチをおこない、チャンピオンベルトを腰に巻いた(1999年5月23日=ミズーリ州カンザスシティー“オーバー・ジ・エッジ”)。
ほんとうだったら、イベントは中止にするべきだったのだろう。ビンス・マクマホンは「ショーは終わらないThe show must go on」と決定を下し、試合は予定どおりにつづけられた。
チャンピオンになったアンダーテイカーは喜ぶことも悲しむこともできず、ただリングのまんなかに立っていた。“アンダーテイカー物語・第1章”のエンディングだった。
ミレニアム=新千年紀がやって来ると、アンダーテイカーはハーレーダビッドソンに乗って“魔界”から舞い降りてきて、“アメリカン・バッドアス=アメリカの不良”に変身した。
ブラック&パープルのホラー仕様の衣装に別れを告げ、黒革のロングコート、デニムのシャツ、ブラック・ジーンズ、ヘビーなバイカー・ブーツ、サングラス、そして頭にはバンダナというスタイルが新しいリング・コスチュームになった。
これはハーレーを愛する素顔のアンダーテイカーのふだん着だった。“墓掘り人”のトレードマークになっていたツームストーン・パイルドライバーを封印し、フィニッシュ技は“ラストライド=最後の遠出”と呼ばれるハイアングルのパワーボムに変わった。
いちばん変わったことは、アンダーテイカーが人間としての主張を持ったことだった。
マイクを持っておしゃべりをするようになったアンダーテイカーは、とんでもない大物の風格を体じゅうから発散していた。妻セーラ(当時)もテレビの画面に登場した。
アンダーテイカーのノドもとには“SARA”というタゥーが彫られていた。10年間、ずっと伸ばしつづけていたロングヘアをバッサリと切り落としてクルーカットにイメージチェンジした。
この時点でのWWEの主人公はストーンコールドとロックで、アンダーテイカーはつねにこのふたりの反対側のコーナーに立っていなければならないステータスのスーパースターだった。
キーワードは“リスペクト(尊敬・尊厳)”。“墓掘り人”キャラクターは完ぺきなフィクションだったが、“アメリカン・バッドアス”はファンタジーとリアリティーの境界線のないエリア、アンダーテイカー自身の苦悩を観客にみせた。これが“アンダーテイカー物語・第2章”のテーマになった。
長編ドラマはその“第3章”に突入した。プロローグは、アンダーテイカーとビンスの“プロレスラー自我”ミスター・マクマホンが闘った“ベアリード・アライブ=生き埋めマッチ”だった(2003年11月16日=テキサス州ダラス“サバイバー・シリーズ”)。
相手を“墓地”に生き埋めにすれば勝ちという怪奇デスマッチは、アンダーテイカーがミスター・マクマホンを土のなかに埋葬しようとしたところで“弟”ケインが出現。
“兄”アンダーテイカーを“墓地”に突き落とし、上からパワーショベルでいっきに土をかぶせた。“アメリカン・バッドアス”アンダーテイカーは現世から葬り去られた。
それから4カ月後、オリジナルの“墓掘り人”に再変身したアンダーテイカーが“魔界”から降りてきた(2004年3月14日=マディソン・スクウェア・ガーデン“レッスルマニア20”)。
アンダーテイカーがケインをツームストーン・パイルドライバーでキャンバスに沈めると、なつかしい“ゴーン”という鐘の音がアリーナに響きわたった。
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