プロの仕事は熱くなりすぎず冷静に
――4月に発売されたばかりのアルバム
『強烈なハッピーエンド』はデビュー21年目のベテランとは思えないみずみずしい作品ですよね。メロディーや歌詞は第一線で鳴っているJ-POPにも引けを取らないし、声の渋みが増していて相当に聴き応えがあります。
大森:聴いてくれた人たちは「新人みたいだね」って感想をくれます。みずみずしく感じられるのは今回のレコーディングでは力を抜いて歌えたからだと思います。
――レコーディングは全力を出すものじゃないんですか?
大森:今までだったらそうでしたけど、ボーカルプロデュースをしてもらった高橋良一(イーボランド)さんに「大森君くらい歌えるなら、もっと脱力していいよね」って言われて納得しちゃって。曲がりなりにも20年も“唄うたい”をやって身につけたテクニックがあるから、思い切り情感を込めて歌うのは難しくないんですよ。でもそれって聴き手からすると「やりすぎ」になることもある。
――歌に余白がないとリスナーが息苦しくなる。
大森:そうそう。歌詞を書いた時点で、俺の気持ちは曲に込もっているから、声にまで感情を入れる必要はない。レコーディングのときは何も考えずに、簡単そうに歌ったほうが聴き手に伝わると高橋さんが教えてくれました。全力を出せばいいわけじゃないことって世の中にたくさんありますよね。歌もそうなんだって20年経ってようやく気づいたんです。
――「全力でやればいいわけじゃない」というのは?
大森:誰かに商品を届けてその対価をもらうのがプロフェッショナルですよね。だから、力を抜くことでお客さんに伝わるなら、自分の感情はコントロールすべきなんです。その意味ではメジャーの頃の俺はまだアマチュアでした。熱くなってやってるけど、それは全部自分の表現のためで、空回りしていたんです。自分の想いを抽出して具現化させて「こんないい曲作ったぞ!」ってアピールしたいだけだった。聴き手のことをほとんど考えられなかったんです。
――聴き手に歌のテーマをよりよく届けるために、エゴを消したんですね。大森さんはご自身のことを“唄うたい”と名乗りますが、なぜでしょうか?
大森:歌いたい言葉が生まれたとき、それがもっとも伝わるような曲を作り、歌う人間だからです。昔は曲先で作っていたんですけど、それだとメロディーに合う言葉を書かなきゃいけなくて苦しかったんです。今は詞先で作ったり、あるいは歌いたい詞とメロディーが同時に出てくるまで待ちます。俺は作詞家でも作曲家でも歌手でもなく、あくまで“唄うたい”なんですよ。
――大森さんの書く楽曲はJ-POPど真ん中ですよね。
大森:それはメジャーの頃からずっと意識しています。とにかく自分の歌を聴いてほしい。奇をてらうのではなく、耳に馴染む音を歌っています。
大森洋平のアルバム『強烈なハッピーエンド』はKamuy Recordより発売中。
――「強烈なハッピーエンド」というタイトルが目を引きます。
大森:このタイトルはfujikoからもらったんです。一緒になる前、彼女が電話で「私は強烈なハッピーエンドしか見たくない」って言ったんですよ。電話を切った後、この曲が一気にできて、結果的にアルバムタイトルにもなりました。
――fujikoさんは言葉のセンスが卓抜してますね。
大森:そう。「その言葉いいね、俺が書いたことにできないかな?」って頼んだけど、それはできないねってことで、「fujiko考案です」って言うようにしてます(笑)。「バイバイBabyまたさよならだ」もfujikoと再会したときに刺激をもらって作ったんです。
――再会ということは以前からお知り合いだったんですか?
大森:そうです。今回のアルバムって“再会”によって作られている部分があるんですよ。もともと知り合いだったfujikoが、20周年記念のライブに来てくれて、そこから再び交流が始まった。すごくいい再会だったけど、これまでの人生を振り返るとfujikoともいずれ別れるんだろうなって予感があって、「バイバイBabyまたさよならだ」なんてタイトルの曲になりました。
――いずれ別れてしまったときに傷つかないための防衛本能のような。
大森:そうそうそう(笑)。この曲をライブで初めて披露したとき、上田健司さん(the PILLOWSの元ベーシスト、音楽プロデューサー。堂本剛、小泉今日子、PUFFYなど手がける)も見にきてくれて、ライブ後に「あの曲はなんだ!」って聞かれたんです。「お前今度こそちゃんと音源作らないともったいないよ。とりあえずこの曲は俺がアレンジするから」って言ってくれて。3日後にはデモテープを送ってくれて、当然素晴らしい仕上がりだったから、やれそうな気がしたんです。結局、今回のアルバムはウエケンさんにプロデュースをお願いしました。
――「ちゃんとやれ」って諭してくれて、実際に助けてくれる存在はありがたいですね。
大森:そうやって昔からの縁がどんどん繋がって、このアルバムは完成しました。前の事務所の社長もサポートしてくれたし、全国ツアーも各地で昔馴染みが助けてくれて。発売日はたまたま娘の1歳の誕生日と重なったんです。もっというと俺の母親の誕生日でもある(笑)。もともと運命論者じゃないんですけど、『強烈なハッピーエンド』に関する一連の流れは、導かれているようでした。
――アルバムの8曲目からラストまでは「ふくおかフィナンシャルグループのCMタイアップ曲ですね。
大森:22年前のデビューアルバムを買ってくれた当時新入社員の方が、それなりの役職に就いた今「大森洋平をCMに使いたい」ってことで実現したタイアップなんです。
――ファンも大森さんと共に年齢を重ねながら、それぞれのステージでがんばっていたんですね。
大森:このご縁も俺がどこかで音楽活動を辞めていたら実現しなかった。22年も同じ仕事を続けていると、どうしてもルーティン化したりマンネリしたりして、腐りそうになる瞬間もある。でも毎日毎日「今日、俺は歌うのか?」って自問自答して「イエス」と答え続けてきました。その果てに今回のCMタイアップがあった。毎日地道に一生懸命やれば、誰かがどこかで見てくれる。言葉にすれば陳腐ですけど、心から実感できたんです。