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日本のスポーツ界、なぜトラブル続く? 1964年東京五輪から変わらない「勝利至上主義」と「根性論」

 このように歪んだ形で“根性による勝利”を義務づけられたスポーツ界において、軍国主義的な高圧支配が蔓延するのは、ある意味必然であった。だが、そうした指導が横行すれば、被害者となるのは選手だ。今、取り沙汰されているスキャンダラスな事態は、50年前からスポーツ界に当たり前のように存在してきたわけだが、「勝利至上主義」のもと、社会全体から黙殺されてきた歴史がある。 「1964年の東京オリンピックによって国民が大きな感動を味わい、スポーツの普及・振興に役立ったのは事実です。しかし同時に、『スポーツは利用価値が高い』という根強い確信が、政治家や官僚、メディアや代理店の中に刻まれた。スポーツ団体の上層部も、政官界と結びつくことで助成金などを得て運営できることを覚えた。その構図が、今なお日本のスポーツ界を覆っています。  このようにスポーツを利用し、その裏にある問題を黙殺しようとする姿勢は、東京オリンピック招致を目指して2011年に制定された『スポーツ基本法』に如実に反映されています。この法律は、前回の東京オリンピック招致のために1961年に制定された『スポーツ振興法』を全面改訂したものですが、改訂といっても所詮、2020年の東京オリンピック招致を法的に正当化するための法律に過ぎません。読めばわかりますが、要約すれば『スポーツはいいものだから普及・振興しましょう』という前提で始まっている。 『スポーツは運用の仕方や目的を間違えると、心身を傷つける危険性がある』という、もっとも法律によってケアすべきリスクは無視されています。条文からは、国際ビジネスの活性化、インバウンドの増加、インフラ整備など、主に経済的な目的でスポーツを利用しようという目論みが透けて見える。スポーツの本質を追求するのでなく、政治的、経済的に利用する姿勢と意識の低さは、前回の東京オリンピックから何ら変わりません」  こうして現場とはかけ離れた政治的、経済的な思惑が支配するなか、競技者や指導者には「金メダルを取れ!」という厳命が言い渡される。 「本来、リスクを管理すべき法律というルールがあってなきものであるアマチュアスポーツ界の小さな組織に、4年ごとに巨大なプレッシャーが押し寄せる。体質改善など行っている時間はなく、目の前の金メダルに向かって、無理を押し通してでも帳尻を合わせるしかない。『こんなことをいつまで続けるんだ』と私は40年間言い続け、今回の東京オリンピックでもなし崩しになると思っていました。ですが、ここに来てようやく社会問題化したことに、私は正直、感激しているくらいです」  そして、同時にこうも危惧する。 「ですがこれ以上、興味本位のスキャンダル発掘が続けば、一時代を築いたかつてのスター選手たちの顔に軒並み泥が塗られる可能性が高い。だからこそ、ここで流れを変えなくてはなりません」  次回は、小林氏の提言する「2020年東京オリンピックで日本が取るべき最良の選択肢」を公開する。<取材・文/日刊SPA!取材班> 【小林信也氏】 スポーツライター。新潟県立長岡高等学校で高校野球に打ち込み、慶應義塾大学法学部卒。「Sports Graphic Number」(文藝春秋社)の編集部を経て、スポーツライターとして独立。著書に『「野球」の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』(集英社)など
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