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薄れゆく意識の中、脳裏に響いた前田敦子の声――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第21話>

僕「あっちゃんの、あっちゃんの声が聞こえる……!」

「あ、このミユキって女、ピアスあけてる? あけてる? まいったなあ。おれピアス開けてる女苦手じゃん」  どうだっていいだろ、そんなこと! しらねえよ! 殺すぞ!  ブースの中の男はミユキがピアスを開けていることが気に入らなかったらしく、難色を示し始めていた。そして、僕のアナルも結構な難色を示し始めていた。もう表面張力の世界である。 「うーん、そうか? うーん、それなら」  聞こえなくともわかる。店側が説得している。ピアスと言っても小さいものですし、サービスには影響ないですし、そもそも髪型で見えないですから、サービスもいい子ですから、パイズリもできます、そんな必死の説得だ。どうでもいいから早くブースを開けてくれ。 「じゃあそこまで言うならミユキで」  ありがとうミユキ、ピアスは開けているものの、良いサービスでいてくれてありがとう。店員さんも決死の説得ありがとう。ミユキでダメだったらもう完全に漏らしていたと思う。本当にありがとう。やっと、うんこできる。そう思ったが、地獄はこれで終わりではなかった。 「あ、そういえばミユキ、芸能人で言えば誰に似てる? ホームページの写真じゃわからなくてさ。イメージしておきたいじゃん」 知らねえよ! いいから出ろ! 出る! 出ろ! 出る! ああああああああ! 「え? 前田敦子に似てる? ちょっと……前田敦子はな……。ほら、俺、前田敦子だけはちょっと苦手じゃん。勘弁してよ」  薄れゆく意識の中でそのセリフだけが聞こえた。そのセリフは随分と上から目線で、なんだか前田敦子さんの「わたしだってあんたなんかお断りよ」とう声が聞こえてきそうだった。 「あっちゃんの、あっちゃんの声が聞こえる……!」  僕はそう呟きながら涙を流し、生まれたてのヤギみたいにプルプル震えるのだった。  聞こえないはずの声が聞こえた時、人々は様々な感情を抱く。そもそも聞こえない物は頭の中で補完せねばならず、それがストレスとなるのだ。けれども、それ以上に、トイレに到達しているのに漏らすことは、比較にもならないストレスなのである。  漏らしたパンツを処理するのに掃除道具入れの流しは便利だった。さすがの設計である。ここで洗えと設計師の声が聞こえたようだった。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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