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碇シンジになり切ったおっさん「笑えばいいと思うよ」。僕は笑えなかった――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第28話>

おっさんのギャグはTPOをわきまえないから、悪質なのである

 あまりの音に驚いていると、すぐに店内放送が流れた。 「火災報知器が鳴りました。すみやかに避難してください」  正直言うと、人生においてこれまでに経験してきたこういった警報はその多くが誤報だった。だから、実際に鳴った場合も誤報だろうと誰もが思うし、まず誤報ありきで調べられることが多かった。だが、この店はすぐに避難しろと言った。もしかしたらもうかなりのところまで火の手が上がっていて誤報どうこうのレベルじゃないのかもしれない。早く逃げなければならない。  少々パニックになりながら立ち上がり、隣のおっさんを見る。 「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ(新世紀エヴァンゲリオン:碇シンジの名セリフ)」  逃げろよ。  どうやらここが笑わせどころだと意味不明な勘違いをしたらしく、エヴァモノマネを始めた。そのままエヴァみたいな体勢で焼け死なれても困るので半ば強引に避難させる。 「早く行ってください」  後ろから尻を叩く感じで避難させていると、いつも行列を形成している入口に到達した。透明なガラス扉まえにおっさんが立ち止まる。 「早く出てください!」  僕が後ろから急かすと、おっさんは扉の取っ手に手をかけながら叫んだ。 「綾波ィィィィィィィィィィィィィィ(新世紀エヴァンゲリオン:碇シンジの名セリフ)」  いいから早く開けろバカ。  なんとか命からがら外に出ると、店の駐車場は避難した客で騒然となっていた。結局、火災報知機はイタズラだったか誤作動だったか、とにかく誤報で、そこに火事は存在しなかった。火事がないとわかるとみんなすぐに店に戻って打ち始めたのはすごかった。  それにして、おっさんのエンターテイナーぶりは悪質である。避難の場面であれをやられると、自分が命を落とすだけでなく、周囲を巻き込む可能性もあるのだ。  おっさんはときにエンターテイナーだ。ただそれがおやじギャグなどの空回りにつながることが多い。同時に、TPOをわきまえないことも多い。それがおっさんの笑えないギャグの本質だ。エンターテイナーなのはいいが、タイミングを見計らうべきなのである。 「避難の時にあれはだめですよ、本当に危ないですから。周囲もどうしていいかわからないでしょ。死んだりしたら笑えないですよ」  店に戻ろうとするおっさんを捕まえてそう忠告した。  おっさんはすぐさま振り返って言った。 「笑えばいいと思うよ(新世紀エヴァンゲリオン:碇シンジの名セリフ)」  うるさいバカ。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) ロゴ/マミヤ狂四郎(@mamiyak46テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。6月29日、本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)を上梓。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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