更新日:2019年02月20日 15:03
ライフ

成田空港バス内の地獄の伝言ゲームは、まさかの壁で幕を閉じた。そして僕のウ●●は――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第31話>

繋がらなかった伝言と、忘れかけていた僕のウンコ

 ムーア監督は英語じゃない言語を駆使してるっぽい。もしかしてフランス語か何かだろうか。それならスマホのアプリで翻訳できるかも。すぐにスマホを取り出した。 「シャットダウン中……」  使えねえ! このタイミングでついに充電が切れ、荼毘に付されやがった。ヨシキより使えねえ!  まずい。このままでは後ろの人たちに、早く伝言回せよ使えねえなあ、ヨシキより使えねえわ、と思われてしまう、なんとかして伝えなければ。  何とか身振り手振りで、これからいうことをそのまま前に伝言してください、と伝える。なんとか理解してくれたのか察してくれたみたいで、ムーア監督は小刻みに何度か頷いた。 「コンセントが」 「コウンセントウカハ」  けっこう伝わる。いける、いけるぞ。気持ちに国境なんてない。スマホを充電したい気持ちに国境なんてない。僕たちは分かり合えるんだ。いける、いける。このまま伝言が成功して、充電できるバスライフが来る。俺たちみんなが協力して手に入れた充電ライフだ。 「碌に使えません」 「ロクセンエン」  違う、6千円じゃない。 「碌に使えません」 「ロクセンエェン」  6千円じゃない。あれか“碌に”なんてアレンジしたからいけないのか。ちゃんと使えないということだけ伝えればいい。 「使えません」 「六千円」  もう何言っても六千円になっとるな。めちゃくちゃナチュラルに発音してるし。伝言繋げたら「コンセントが6千円」なんやねん。6千円だぞ、6千円。  結局、コンセントが6千円ということしか伝わらず、さらにはムーア監督、これが伝言であるということも理解していなかったようで、コンセントが6千円と妙に納得したまま前を向いてしまった。なんだよこれ。  バス内は、もういいかという空気で満たされていた。そこまでしてスマホを充電しなくてもいいか、まだ戦える残量だし、という緩やかな空気だ。うんともすんとも言わず、戦えないスマホは、たぶん僕だけだった。  成田空港は便利になった。  もともとあった立派な空港という設備に、LCCという運用が噛み合い、今では多くの人が利用するようになったのだ。それとは逆に、せっかくコンセントという設備があるのに、おそらくスイッチ入れ忘れという運用は全く便利じゃないのだ。  ちなみに、大暴れが予想されたうんこは東京駅に着いてから邪神のように猛り狂い始め、命からがら東京駅のトイレに駆け込むと、超満員ソールドアウト、長蛇の列、ここで漏らしたらたぶんズボンまで逝ってしまう。いつもはもっと安いズボンはいてるのに、今日のは6千円だぞ、6千円。  というか漏らしたら誰かにズボンを持ってきてもらわないとフルチンで買いにいくわけにはいくまい。誰か友人を呼んで助けてもらおう、とスマホを見ると、真っ暗な画面がそこにあった。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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