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社会通念が常にあなたにとって正しいわけではない

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第89回

社会通念が常にあなたにとって正しいわけではない 私たちが気づかないうちに反復している思考、それが信念です。信念を辞書で調べると、「それが正しいと堅く信じ込んでいる心」と説明されています。そこには自分で決めたようなニュアンスがありますが、実際はそうとは限りません。私たちの心には、いつの間にか信じ込まされた信念もあります。

 すべての物事や人間関係について、明確な根拠を持つのは不可能です。私たちの知識や体験に限界があるのに対して、社会システムはあまりも膨大で複雑です。山奥で一人で自給自足の暮らしでもしない限り、誰かに「こういうものですよ」と言われて、「そういうものか」と受け入れる瞬間は誰にでもあります。

 病気や怪我に対する医師の見解、税金に関する税理士の見解、法律に関する弁護士の見解などはその典型です。これはつまり権威的な役職に影響されているということですが、時には人物不在で信念が作られる場合もあります。それが社会通念です。

 社会通念は誰が決めたわけでもなく、伝統、文化、習慣、風潮から生まれ、なんとなく社会全体で共有している信念です。たとえば「子どもは学校に行くもの」「大人は会社で働くもの」といった考えは社会通念の代表例です。私たちはこの考えに従って、六歳になれば誰もが小学校に通い、大学を出れば誰もが就職して働き始めます。

 ところが、この「誰もがそうする」という社会通念に、人間の不幸の種があります。なぜなら実際は「誰もがそうできる」とは限らないからです。様々な理由で学校に行けない子どもや、会社で働けない大人はたくさんいます。そうした人々に対して、社会通念は心を蝕む毒になります。「みんなはできるのに、どうしてお前はできないんだ」という話になるからです。

 みんなはできるのに、どうしてあなたはできないのか。これは人間を最も苦しめる言葉の一つです。そして、それを言うのは他人とは限りません。「みんなはできるのに、どうして自分はできないのか」と自分を責めた経験は誰にでもあると思います。つまり問題は自分や誰かの人格ではなく、いつのまにか心に潜む社会通念にあるということです。

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大切なのは鵜呑みにしないこと

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