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『青天を衝け』の渋沢栄一に学ぶ大人物になる方法

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第251回
対話

※写真はイメージです。

多くの人と面会を続けた理由

『青天を衝け』の主人公になった渋沢栄一は、74歳になっても朝7時前には起床し、多くの希望者と面会していました。面会希望者の中には、「生活費を貸してくれ」「学費を支援してくれ」「商売を始めたから資金をくれ」といった理不尽な要求をしてくる人もいたと言います。  それでも面会をやめなかったのは、「国家社会のため」という主義が渋沢にあったからです。世間には賢者や偉人がいる。それなのに、よくない人が来るからといって門戸を閉ざしたら、賢者に対して失礼なだけでなく、社会に対する義務も果たせなくなる。渋沢はそう考えました。  こうした自分の姿勢について、渋沢は中国の故事成語として、「周公三たび哺(ほ)を吐き、沛公三たび髪を梳(くしけず)る」という言葉を引き合いに出しています。周公は孔子が聖人と崇めた人物で、食事をしている最中に訪問者が三度やってきても、その度に食べていたものを吐き出して面会したと言います。  また、沛公は前漢の初代皇帝である劉邦のことで、朝、髪を結おうとしている最中に訪問者が三度やってきても、その度に結髪を中断して髪を梳りながら面会したと言います。

古典に学ぶ

 この故事成語は、有能な人材を熱心に探し求める様子を表しています。渋沢は「周公、沛公の賢に比するという訳ではないが」と但し書きをしつつ、「広く賢者に俟(ま)つという意味で、どなたにでもお目に懸かることにしておる」と『論語と算盤」で記し、こうした面会を億劫がる富豪や名士に苦言を呈しています。  渋沢は周公と沛公の影響を受けて、「賢人を見つけるために、誰とでも面会する」という信念を持ちました。このように信念は人間関係から生まれます。大切なのは、この信念論を自覚できることです。  渋沢と周公、沛公の関係は「偉人と凡人」です。渋沢はもともと農民の出で、武士に取り立てられた経歴があります。子供の頃から、算盤を弾いて父親の仕事を手伝う商才に恵まれていましたが、だからといって最初から偉人だったわけではありません。  しかしその後、武士に生まれただけで権勢を振るう者がいる社会の理不尽さに憤り、「武士になって国政に参与したい」という志を17歳で抱きました。
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偉人の言動に学ぶ
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