ライフ

人は時に、不条理な行動をする。メイド喫茶での途切れぬライブオーダーの果てに――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第36話>

なぜゴトウさんはあそこでそんなことを言い出したのか

 いよいよライブが始まるという雰囲気で、また爆音で前奏が鳴り始めたとき、ゴトウさんに似た人が突如として手を挙げた。 「ちょっといいですか!」  それを見て前奏が止まる。  なんだなんだ、何を言うんだ。もしかしてギブアップ宣言か!? 客とメイドの視線がゴトウさんに似た男に注がれる。 「ワタクシ、次はちょっと激しくオタ芸してもよろしいでしょうか?」  とんでもないこと言い出しやがった。  オタ芸とは、アイドルなどのコンサートでオタクたちが繰り出す独特の踊りのことだ。奇怪な動きをダイナミックにしてかなり激しいこともある。ゴトウさん似の男はそのオタ芸をかなり激しくやると宣言したのだ。  これはどんでもないことになる……!  行くところまで行くつもりのサラリーマン青年の連発ライブオーダー、ゴトウさんに似た男のオタ芸予告、プライドとプライドがぶつかり合うのを感じた。そして、ステージには今まで出てきた中で最も客煽りが激しかったメイドさん。もはや三すくみの状態だ。  くる……!  ついに伝説のGIGが幕をあけた。陸に揚げられたブラックバスのように激しく踊るサラリーマン青年に、全盛期のリック・フレアのごとく客を煽るメイドさんが火花を散らす。ここにオタ芸が入ったらどうなってしまうんだ! おそるおそるゴトウさんに似た男に視線を移す。そこには衝撃の光景が広がっていた。  いやね、ゴトウさん、全然オタ芸してないの。ちょろっと手を胸の前でヒラヒラさせて令嬢が躍る盆踊りみたいになってるの。全然激しくないし、全然オタ芸じゃない。なにやってんだよ、ゴトウ。  急に恥ずかしくなったのか、それとも体力的に限界だったのか、ゴトウさんの考えていることはわからない。それでも、そうならそうで「オタ芸してもよろしいか」なんて言わなくてもよかったんじゃないか。  あれはなんだったのだろうか。あれをあそこで言う意味ってなんなんだろうか。  今でもゴトウさんのあのセリフの意味不明さを寝る前に思い出す。たぶんきっと僕らは断片しか見てないのでそう思うだけで、彼の中では整合性は取れているのだろう。きっとそうだ。  メイド喫茶を飛び出し、天神の地下鉄駅に降り立つ。ライブ連発の疲れが急にやってきて、呼吸できない感じになった。  博多のネオンは瞬いていた。それにしてもあのメイド喫茶の空間は地獄だった。飲み物なんか飲めやしなかった。「ほんとこの世は地獄だ」と大声で連呼したくらいだった。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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