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自己啓発の目的は「自分が続けられるもの」を探すこと

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第129回 自己啓発 自己啓発を追いかけていると、「自己啓発は無意味だ」というフレーズによく出くわすようになる。しかし、自己啓発というのは、そもそも意味があるとか、意味がないとかいったモノサシで語るものではない。なぜなら自己啓発はその名の通り「自分に気づかせる」ためにあり、「自分のことを知りたい」という欲求を満たすコンテンツだからだ。  一体、誰が「音楽を聴きたい」という人に対して、「ミュージシャンになるわけでもないのに、音楽を聴くなんて無意味だ」とか、「小説家になるわけでもないのに、小説を読むなんて無意味だ」などと言うだろうか。  ただ、欲求を満たすことは時として副産物をもたらす。たとえば「音楽を聴きたい」という欲求は、「ミュージシャンになる」という副産物をもたらすことがある。「小説を読みたい」という欲求は、「小説家になる」という副産物をもたらすことがある。  もちろんこの副産物は絶対ではない。ミュージシャンになりたいと思ってもなれず、音楽関係の仕事につくことになる人もいるだろう。小説家になりたいと思ってもなれず、出版関係の仕事につくことになる人もいるだろう。それは自分が望んだ通りではないかもしれないが、納得できる生き方に近づくことができる。  自己啓発も本来、何かになりたくて行うものではない。もちろん現実では「お金持ちになれる」とか「成功できる」と利益を謳うものが大半だ。だが自己啓発の目的は、「自分のことを知りたい」という欲求を叶えるだけだ。
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自己啓発がもたらす副産物とは?
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