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「酒がすべて」のスナック客を見ていると、時間の大切さが身に染みる…

酒がすべての人間の限界

 彼は四十代半ばの独身、いまいちよくわからないグレーな仕事とパートの調理仕事を掛け持ちしている。調理師の免許を取ったら居酒屋を開きたいという漠然とした目標があるみたいだけど、家で自炊は一切しない。 「家にいるときは何してるの?」と問うと、ただただ寝ているのだという。どこかに行ったりもしない。収入以上の額を飲み屋につぎ込んでしまうので、そんな余裕もないのだろう。 「明日朝六時から仕事だから、今日は絶対終電で帰る」  度々彼はそう宣言する。しかし、実現したことはたぶん一回か二回ぐらいしかない。  終電間際の時間になると、もう一杯飲むか飲まないかで悩み始め、そのうちに電車はなくなって、二時頃に慌ててタクシーで帰る。タクシー代は一万円以上掛かる。あと一時間早く店を出る決断をしていればよいものを、どうしてもそれができない。どう考えても無駄金である。彼が大金持ちなら別に構わないが、それで時折ツケなどされると、溜息しか出ない。  そんなゴミちゃんだが、ノリが良くてそこそこスケベで、恰幅の良い身体で踊ったりするので、店ではまぁまぁの人気者だ。だいだい深夜二時を過ぎると鼾をかいて寝てしまうところも、皆から面白がられている。けれども、どうにも印象に残らない。見た目やノリの話ではない。今日、彼とどんな話をしたっけ? と思い出そうとしても、なかなか具体的に思い出せないのだ。  週に三回以上来ていて、相当色々喋っているはずなのだが、多くの話題の表面だけをかいつまんで話しているだけで、どう頑張っても踏み込んだ話題にまで発展しないので記憶として残りにくい。わたし自身はお客としての彼に好印象を抱いてはいるが、一人の人間として捉えると、引き出しの少なさに酒がすべての人間の限界を見た気がしてしまう。  対照的なお客の一人に、タッちゃんという変態がいる。  この連載にもちょいちょいアクセント的に登場している葉加瀬太郎ヘアーの彼のバイタリティには、いちいち驚かされる。ゴミちゃんと同年代である彼は、きちんとした企業勤めのサラリーマンで、年がら年中酒を飲んでいるが、年がら年中本を読んでいるし、年がら年中山に行っているし、年がら年中何か自分なりの変わった遊びをしている。  彼は時間の使い方が上手だ。休日は早朝から山登りをして温泉に入って、そのあと国会図書館に行って血管だのリンパだの菌類だのとその都度の自分のマイブームの調べ物をして、そのあと飲み屋に来て酒を飲みながら編み物をしたり折り紙をしているし、時には変なお客を観察して何か悪趣味なメモを取っている。 「猫じゃらしでポップコーンを作る!」といって公園で猫じゃらしを摘んできて、あの細かい実を全部ばらしていたときは心底変人だと思った。
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朝まで飲んだ当日に…
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