ライフ

「酒がすべて」のスナック客を見ていると、時間の大切さが身に染みる…

朝まで飲んだ当日に…

 とある金曜日の明け方五時。あらゆる酒をちゃんぽん状態でみんなべろんべろんだった。わたしとマスター、そしてタッちゃんも。店を閉めて千鳥足で外へ出て、記憶はないけどたぶんタクシーで家に帰り、そのまま酔いつぶれて気が付くと昼過ぎだった。何か食べようと思って適当に納豆卵かけご飯とみそ汁を飲んだら、余計に酔いが回ってきて、また布団に倒れ込み、次に気が付くと夕方だった。もう風呂に入って髪を撒いて顔を化けて再び店に出勤しなければいけない時間だ。  今日は、今日こそは絶対もう酒飲まない。ノンアルで営業する、たぶん。途中のコンビニでヨーグルトとヘパリーゼと煙草を買って店の扉を開けると既にタッちゃんがいて、二杯目のジンを飲んでいた。マスターは屍だった。カウンターには大きなビニール袋が置かれていて、開けてみると大量の山菜が入っている。そして隣には謎の山芋らしき細長い物体。 「なにこれ?どうしたの?」 「採ってきた。マスターに天麩羅にしてもらおうと思って」  聞くところによると、明け方五時に店を出た後タッちゃんは、そのまま始発の電車に乗って山へ行き、山菜を採って、途中の崖で食えそうじゃね?と思った芋っぽいものを掘って、温泉に入って、そのまま国会図書館へ行って毒草の本のコピーを取り、それからブックオフで本を買ってから店に来たという。睡眠は移動時間に採ったそうだ。なんだこいつイカれてんな。 「酒は抜けてんの?」 「どうだろう? まぁ俺、ユキナちゃんとマスターほどは飲んでなかったし」  そうは言ってもさぁ。キミさぁ……。 「すごいわ……タッちゃんすごい」  素直にそう思った。そして反省した。だって、その土曜日出勤するまでにわたしがしていたことと言えば、ひたすら酔い潰れていた。That‘s all!  わたしが酔い潰れていただけの無限ではない時間に、タッちゃんはいくつもの場所に行って、いくつものミッション(?)をこなしてきたのだ。そしてお気付きだろうが、彼の自主的な遊びは少々頭はおかしいが全体的にかなり安上がりだ。そうやって、できる限り仕事以外の時間を有効に使う彼の話は当然ユーモアと皮肉に溢れていて面白い(あくまでわたしの主観です!)。「ユキナちゃんは病んでるんじゃなくて単純に闇の人だよ。真っ黒。ただのdarkness」とかムカつくことを言ってくるのもまぁ許せてしまう(そもそも、本人が一番darknessなことにいい加減気付いた方が良いと思うのだが。深淵を覗き込んでいる側もまた深淵)。  彼に、わたしがちょいとSFの本の話とか南方熊楠の話をすると、倍以上の知識でもうお腹いっぱいなほどに返答が返ってくるし、怪談の話をすれば行動認知学と心理学に基づいた狂った人間の話が返ってくるし、とにもかくにも話題に事欠かない。それは、彼が酒を飲む以外に大量のインプット(という意識はないのだろうが)を設けているからなのだろう。  そういう彼の話は印象に残るので、わたしも酔って布団に蹲りながらも、つい教えてもらった本をAmazonのカートに放り込んでしまったりする。  飲み屋という場において、どちらが良いかとは言い切ることができない。  ゴミちゃんは飲み屋という場では面白い存在であるし、タッちゃんは話と人間性が面白い。だた、時間の使い方という点において、わたしはタッちゃんの方を尊敬している。  怠惰なわたしが彼ほどアクティブになるのは難しいが、最近、休日や空き時間に、二日酔いであろうと何か一つでも身になることをしなくてはと心掛けるようになったのは彼の行動を見ていたせいかもしれない。  酒場は愛すべき空間だ。普段出会うことのないような人たちと交流することの喜びと面白さがある。豊かで懐の広い人間であるために不可欠な空間であると思っている。  一方で、酒場だけで完結しないためにも、確実に個の時間も必要なのだ。まぁ要はバランスなのだが、それがなかなか難しい。ちなみにわたしは昨晩へべれけになりながらも、何かを頭に入れようと『大いなる幻影』を流していたが、途中で眠ってしまった。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
1
2
3
テキスト アフェリエイト
新Cxenseレコメンドウィジェット
おすすめ記事
おすすめ記事
Cxense媒体横断誘導枠
余白
Pianoアノニマスアンケート
ハッシュタグ