いじめ動画が映す、閉鎖空間で無敵と化した教員の病理/鈴木涼美
神戸市立東須磨小学校の教員いじめ問題が世間を賑わせている。10月9日、仁王美貴校長らは会見を開き経緯を説明したが、給食のメニューからカレーをなくすなどのズレた対応に、疑問視する声も多い。
AV業界を批判的に検証する時、外部から「強要」と指摘される手法が内部的には「説得」という認識であったり、肖像権に対してより行為に対してギャラが支払われているという意識が強かったり、一般社会の常識と断絶した独自の文化が問題の要となる。
こういうムラ化した場所は各所にあり、地方の首長が時代錯誤のセクハラをしたり、歌舞伎町ホストクラブの支払いシステムが謎だったりするのも、学校で酷い暴力行為がまかり通るのも似た現象だ。いずれも外部の視点を入れれば信じられない光景が広がっているのだが、AVやホストのような被差別地帯の自覚を持つ場所と、先生と敬われる場所では大きな違いがあり、後者のほうが事態は深刻なようだ。
神戸市の公立小学校で、羽交い締めにされた若手男性教員の口にベテラン女性教員が激辛カレーを無理矢理流し込む動画が列島を怒りに震わせている。暴力行為のほかに、性行為の強要、被害教員の交際相手への嫌がらせなどもあったという報道もあり、他の教員や生徒が気づかないわけがない内容なのだが、その事実が尚更、学校という閉鎖空間の異常さを物語る。
AV業界が閉鎖的なのは女優を長く働かせるためだし、ホストクラブに独自ルールがあるのは効率よく客単価を上げるためだ。学校が部外者の侵入を防いだり、既存の書籍ではなく専用の教科書を読ませたりと閉じた作りなのもまた、無自覚に作られた仕掛けではない。
目的は二つ。子供が社会に出る前のシミュレーションを担いやすくすることと、十分な言葉を持たない人間を何十人もまとめて指導しやすくすること。当然、前者は子供のため、後者は教員のためだ。多くの子供が家庭の次に足を踏み入れる学校は、荒唐無稽な社会の縮図であるべきで、しかし無免許状態の子供たちが最小限の事故で過ごせることが望ましい。
ここに、学校の大きな矛盾がある。学校は親や兄弟で成立していた子供の世界を広げる役割と同時に、安全な運営のために子供の世界を狭める機能も持つのだ。子供が多様性を知れば、頭髪検査や起立令の異常さに気付くし、教員が語る価値は世界の一側面でしかないとわかってしまうから。
子供の視野を広げるならば、学校のルールは、不便や不満を感じた子供が外の世界の知識を武器に、変えたり撤廃したりする可能性を前提とすべきだったはずだ。「茶髪禁止」の後に(文句があるならちゃんとかかってきなさい)の態度がない校則には、教員が教育を忘却して働けるという以外の用途はない。
子供の視野を広げるという本来の目的が背後に隠れ、狭めるという便宜的な目的を中心に回り出した姿が現在の学校なのだろう。ヤクザのみせしめみたいないじめ動画は、閉鎖空間で自分の価値が盲目的に受け入れられ、それを根拠に無敵でいられる教員の病理を映す。
いじめが極めて幼稚なのも、狭い世界に生きる彼らには参考にする対象が言葉を持たない子供たちしかいないからだろう。視野を広げた子供らに自分の価値を揺るがされる可能性と向き合えないなら、もう学校と教師はなくていいと思う。都合よくムラ化した閉鎖空間で威張ったとてAV女優やホストほど稼げるわけでもなし。
<文/鈴木涼美 写真/朝日新聞社/時事通信フォト>
※週刊SPA!10月29日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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