●締め切りが遅れても面白いから許しちゃう(宮崎)
――これまでのいろんなインタビューを読んでいると、爪さんってジュリーじゃないですが、「憎みきれないろくでなし」という言葉がしっくりきます(笑)。独特なキャラの爪さんとお仕事していて大変だなぁと思うことはありますか?
高石:いやぁ、結構ありますよ(笑)。例えば、原稿をもらって赤字を入れて爪さんに戻すんですが、こちらとしては指摘した箇所を修正してほしいのに、まるまる原稿を書き直してくるので、僕、また全部読まなきゃいけないんですよ。『死にたい夜にかぎって』の時もゲラを読むたびに直す、みたいなことをやっていたので参りました。文章に正解はないので、ある程度のところで「これでよし」という決断を下す心構えを持ってほしいかな。
爪:ゲラ刷りで30行くらい直しを入れたら凄く怒られて…あれから猛省しました。ゲラ刷りは「最終確認」という意味があることをわかってなかった。俺の中では、修正できる「ラストチャンス」だと思っていたので(苦笑)。
宮崎:僕はもともと『週刊プレイボーイ』にいたので、週刊誌のスピード感はわかる。ウェブはどうとでも修正できるし、増減もできるので問題はさほどないけれど、週刊誌で定型のコラムだと文字数も行数も決まっているので、爪さんのやり方だと完全にアウトですね(笑)。
爪:お二方のように、叱られても愛を感じる編集者さんは本当にありがたいのです。そういえば、この間、某住宅関係のタイアップ案件で「繁華街について書いてくれ」と言われて原稿を提出したんですが、テーマがズレすぎて久々に激怒されました。「あなたは何について書くのか、わかっているのか!」って。
高石:いったい何を書いたんですか?
爪:「無職になっても居心地がいい町」というコラム。今考えれば、住宅関係の会社でそりゃないよなって。でも、ギャラが良かったので「外伝風ではダメですかね?」って粘ったら、さらに怒られた。。
高石:そりゃだめでしょ! でも個人的には、最近の爪さんは体もメンタルも丸くなりすぎているし、そういう爪さんらしい攻めたうえでの失敗は、繰り返しやっててほしいなっていう無責任な願いはあります。
宮崎:僕は逆に何も直さないというか、直しようがないかな。
爪:俺を泳がせると、いつか痛い目に遭いますよ(笑)
宮崎:『クラスメイトの女子、全員好きでした』に関しては、単純に原稿自体がちゃんと完成しているんですよ。「私は○○なあなたが好きでした」という最後の締めが決まっていて、終着点が明確にあるので、そこにちゃんとフォーカスが来ていればあんまり直しがないというか、逆に任せられる。ウェブなので長い短いは関係ないですし。ただ、締め切りが…(笑)。文章に合わせてイラストも発注しなきゃいけないので、そこだけはちゃんと守ってほしい。
爪:連載ものはみんなそうなんですが、イラストレーターの方と初対面の時は、もう90度頭を下げて「申し訳ございません!」みたいな感じです。このエッセイのイラストを担当されている北村(人)さんには、目、合わせられないです。
宮崎:原稿が面白いので多少締め切りが遅れても許せるんですが、つまらない原稿が来たら、ちょっと許せないかも(笑)。ちゃんと書ける人って、本当に考えて練りに練って書いているから、それで遅くなったんだろうなと理解しているんですが、爪さんは毎回読むとめちゃくちゃ面白いので、ついうっかり許しちゃう(笑)。
高石:爪さんの締め切りは、蕎麦屋の出前ですからね。「もう出ましたよ」はこれから書く、「あと1時間で」は絶対1時間で来ない(笑)。
爪:家にいるんですよ、家に! 遊びに出かけたりしていませんから、信じてください!
高石:本当ですか? 角海老とかガールズバーに行ってるんじゃなくて?
爪:違いますって! ちゃんと家にいるのに、筆がなかなか進まないだけで。そこは褒めてほしい。外じゃなくて、家でウンウン言っているんですから。
――逆に爪さんから編集者のお二人に言いたいことはないんですか?
爪:俺は感謝しかないですよ。客観的に全体を見渡せていない部分があるので、編集の方のアドバイスで凄く助けられていると思います。『死にたい夜にかぎって』というタイトルも、高石さんから「“死にたい夜にかぎって、空にはたくさんの星が輝いている”といういい一文があったので、これをタイトル案にするのはどうですか?」とメールで来たんですが、「そんなこと書いていないのに、高石さん、疲れてんなぁ」って思って読み直したら、確かに書いてあった(笑)。多分、ゴールが見えたから、最後、勢いで書いた一文なので記憶になかったんですね。
宮崎:無意識から出てきた言葉なんですね、だから心に響くんだと思います。狙っていないから。
爪:そういうところに気付いてくれるところも、書いている側としては嬉しいですね。自分だけだと、あの言葉に気付いてないから、きっと冒頭の「君の笑った顔、虫の裏側に似ているね」という一文から引っ張ってきて、『虫男の恋』とか『虫の裏側』とかになっていたと思います。
宮崎:『死にたい夜にかぎって』という一つの言葉を編集者が拾って、それが本になって、映像になって、歌もできる。そこもすごいドラマだなって思いますね。この仕事の醍醐味かもしれない。
爪:主題歌はたまらなかったですね。同じタイトルで歌を作ってくれるのは嬉しいけれど、なかなかプレッシャーのかかることをやってくれるなぁと思って。
宮崎:でも、あのタイトルだからこそ作れたんだと思いますよ。
――予想以上に爪さんの「ろくでなし」の部分が強調されてしまいました。最後に無理矢理でもいいので、褒めてあげてください(笑)
高石:基本、悪く書かない。人にしても、出来事にしても、「結果良かった」ことにして読ませるところが最大の魅力ですよね。人柄もありますが、そういう”肯定の文体”になっているところが素晴らしい。いろんな変わった体験も魅力的だけれど、それを面白く料理して提供する書き手として尊敬してます。これからもろくでなしのお調子者でいてください。
宮崎:欠落しているもの、足りないものって、どんな立場の人でも、たとえ成功している人でも確実に全員にあると思うんです。そして、それがコンプレックスになったりするのが人間だと思うんですが、爪さんはそこを魅力的なものとして描いてくれる。女性になぜ受けるのか、というお話も出ましたが、「そんな私を肯定してくれる人がいる」「好きになってくれる人がいる」というところで優しさと救いになっている。そこがキュンとくる部分じゃないですかね。あと、文章の裏にノスタルジックな風景を感じさせるので、僕のような45歳のおじさんが郷愁感を持って読むことができる幅もある。優しくて、懐かしくて、「人間、生きていると面白いことあるじゃん」というユーモアもちゃんとあるから、読後感がいいんですよね。
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途中、編集者のお二人から仕事上のやりとりでクレームが続出した時は、「爪切男、公開処刑か?」と心配したが、程なく終息し、最後は称賛の嵐で鼎談の幕を閉じた。今後の夢を聞くと、少し照れながら、「30年間、生き別れだった母と再会できたので、いつかそのことを書いてみたい」と語った爪。いろんな女性が爪の心を、体を、股間を通り過ぎて行ったが、本当に求めていたのは、自身をこの世に産んでくれた母の体温、ではないか。そう、体温…ここで“母の温もり”なんて書いてしまうと、美談すぎて爪らしくない。だから、母の体温にしておこう。それは、筆者の照れでもあるのだ。
取材・文:坂田正樹
広告制作会社、洋画ビデオ宣伝、CS放送広報誌の編集を経て、フリーライターに。国内外の映画、ドラマを中心に、インタビュー記事、コラム、レビューなどを各メディアに寄稿。2022年4月には、エンタメの「舞台裏」を学ぶライブラーニングサイト「バックヤード・コム」を立ち上げ、現在は編集長として、ライターとして、多忙な日々を送る。(Twitterアカウント::
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